タクシー運転手といえば、地理や抜け道に詳しいベテランが多く働く仕事というイメージがあるが、この一年ほどでがらりと様子が変わっているらしい。配車アプリへの対応をめぐり、ドライバーたちに迫られている変化について、ライターの森鷹久氏がレポートする。
* * *
乗車していたタクシーが交差点に差し掛かり、左折するためにウインカーを出した瞬間、対向車線からやってきたタクシーが勢いよく右折した。右折したタクシーがこちらのタクシーの前に滑り込むよう割り込んできたため、慌ててブレーキが踏まれた。
「あれは新人ドライバーだよ。ベテランはあんな危険なことしない」
千葉県某市の繁華街を拠点に、20年近いキャリアを持つタクシードライバーの宮本昭三さん(仮名・60代)が落ち着いた手つきでハンドルを握りながらため息をつく。
コロナ禍以来の不景気により、職にあぶれた若者たちが、タクシー会社に押し寄せている、という話は聞いていた。タクシー会社も決して景気が良いわけではなく、人員を大幅にカットしたり、会社自体を整理してしまう例も珍しく無くなっているが、宮本さんの所属する会社でも、主に40代までの新入社員が十数人も増えた。
「要は年寄りを追い出そうってわけですよ。若手の方が給料も安いし、会社の言うことも聞くから。最近は変な機械を入れてね、それで客を拾いやすくなるから使えと言われるけど、私らは経験と勘で客は拾えるという自信はあるから。会社は信じてくれないね。機械頼りの若い奴らばかりが現場に出て、年寄りは出番を減らされている」(宮本さん)
宮本さんがいう「変な機械」とは、若い従業員が乗車しているタクシーに取り付けられた、タクシー乗車アプリの受信装置の事。スマホに入れたアプリでタクシーを簡単に呼べ、乗車地を電話で説明する手間、そしてクレジットカードで事前決済なので降車時の支払いの手間も省ける。筆者もかなり利用しているのだが、宮本さんはそれが気に食わない。
「今日は3月の何周目の週末だから、とか、今日はこの辺りでイベントをやっている、地元の農協の大きな会合があって、その後どこどこの店で飲み会があるからとかの情報を集めたり、長年の経験と勘を働かせて客が拾えそうだとドライバーが集まる。今は機械がピコンと鳴って客を拾いに行く。なんでもかんでも機械様に指示を受けるってのは、なんとも気持ち悪いね」(宮本さん)