デビュー10周年を迎えた本年、コミックス『白木蓮はきれいに散らない』と『いいとしを』が同時発売になったオカヤイヅミさん。これまでどのように作品を作ってきたのか。オカヤさんが自らの人生行路とマンガを描くときに大切にしていることを語った
自分はこう思うという視点を保ち続けていたい
――後半では、プライベートついてもお伺いしていきたいと思います。まずは、デビューのきっかけなどを。
オカヤ:最初は同人誌が作りたかったんです。というか、描いたものを印刷して綴じてみたかったんです(笑)。そこで、コミティアっていう創作同人誌を売り買いする場があって、売るときにはみんな机に布を敷くらしいぞとかをインターネットで調べて。出店してみたら、そこで本を買った編集者のかたに「ウチで何か描きませんか?」と声をかけてもらって、「こんなのでいいのなら」みたいな感じです。それから10年。
――10年前と今とで変わったことはありますか?
オカヤ:アシスタントを全く使っていないので、結構詰め詰めなスケジュールの10年だったんですけど、そのなかである程度の長いストーリー的なものが描けるようになったのかなとは思います。昔はお話を組み立てられなかったので。
――オカヤさんが作るお話には、「こうすべし」みたいな圧がないですよね。読むとすーっと入ってくる気がします。
オカヤ:そもそも、人に怒られたくないんです。説教もイヤですけど、いいことを言われても「はぁ…」みたいに思ってしまって。私はこういう日常ですけど、みんながどうかは分からないですし、「こうすべし」というほどは他人に興味がないというか(笑)。
――そこもお伺いしたいと思っていました。他人に対して執着薄めのキャラクターが多いなと思う半面、会話のシーンでは、相手が言ったことに対し、主人公の“〇〇な人だな”“こういうことなんだな”という読み手の視点が定まるようなモノローグが入るじゃないですか。伝えたい思いを強く感じますし、相当人のことが好きなんだろうなと思っていました。
オカヤ:ああ、そうかもしれないですね。人間関係において、相手が好きだから執着するというのではなく、相手はどうで、自分はどうだという視点を保っていたいという意識は強いと思います。
――大勢のなかでちょっと所在なげにしている人の描写も好きです。でも、その胸中は寂しさを感じているのではなく、それはそれでいろんなことを考えていて。
オカヤ:私がそういうタイプなんです。飲み会の端っこにずっと居る、みたいな。それこそ、中年になってから寂しさも感じなくなりました。それが(作品に)出るのかもしれないですね。
――寂しさを癒すものって、会話だけじゃないですもんね。
オカヤ:そうですね。割と子供の頃から独りで大丈夫なタイプで、その場を客観的に見ていました。これ、ケンカしている時とかはあまりよくないので、良し悪しだとは思うんですけど。