巨人対阪神の“伝統の一戦”は、球史に残るドラマをいくつも残してきた。中でもファンを熱狂させたのが王貞治と江夏豊の対決だ。当時、虎番だった元デイリースポーツ編集局長の平井隆司氏が振り返る。
「長嶋茂雄と村山実のライバル関係も熾烈でしたが、王と江夏もそれに比肩するものでした。打倒・王に燃える江夏は、ローテーションに関係なく『巨人戦に先発させてほしい』と志願して、王を打ち取ったら査定アップというオプション契約まで結んでいた」
阪神で江夏とバッテリーを組んだ“ダンプ辻”こと辻恭彦氏は、全盛期の王に果敢に挑む若武者の陰の努力を間近で見た。
「江夏が8歳年上の王さんをライバル視するようになったのは、村山さんに『俺のライバルは長嶋、お前は王だ』と言われたからです。江夏はああ見えて努力家で、コントロールをつけるため家や宿舎ではいつも畳に寝転がり、天井に当たらないギリギリの距離までボールを投げて指先の感覚を養っていた。彼は手が小さく指が短いので、ベンチで常にボールを握り、手のひらにボールの感覚をなじませていました」
いまも語り継がれるのは1968年9月17日、甲子園での対戦だ。この試合で江夏は、稲尾和久の持つシーズン奪三振記録を王から奪って塗り替えると公言していた。
4回、王を三振に切って取った江夏は満面の笑みでベンチに引き返した。ところが、これがタイ記録となる353個目の三振だった。江夏も辻も1個数え間違えていたのだ。
江夏はシーズン新記録となる三振を王から奪うため、続く8人の打者に「手加減」を施した。
「速球を投げると三振するので、やや緩い球を真ん中低めに集めた。9番打者で相手投手の高橋一三を2ストライクまで追い込んだ時は緊張したけど、続く真ん中高めが内野ゴロになりました。よくバットに当ててくれた(苦笑)」(辻氏)
8打者三振ゼロで迎えた王の次打席、江夏はインハイの直球で空振り三振に打ち取り、見事シーズン新記録を樹立した。
「新記録がかかっていることを知りながら、バットにコツンと当てる気配を微塵も見せず、フルスイングした王さんもすごかった」(同前)