王が江夏との対決で感情を露わにしたのは、1971年9月15日の対戦だ。
前年に一本足打法を作り上げた恩師の荒川博・打撃コーチが退団し、王はスランプに陥っていた。「荒川がいないと打てないのか」とマスコミに叩かれた王は、江夏から9回表に起死回生の逆転3ランを放ち、甲子園で目を潤ませた。
「2ストライク後にカーブを要求したが、江夏は『変化球で三振を取っても嬉しくない』とサインに首を振って直球を投げ、一振りでラッキーゾーンに運ばれた。江夏らしい一球でした」(辻氏)
幾多の名勝負でスタンドを沸かせた2人には、ある共通点があった。
「長嶋さんは『打たせてくれよ。頼むぞ』と話しながら打席に入りましたが、王さんは真剣そのものでキャッチャーが話しかけられない雰囲気があった。一方の江夏もマウンドでは誰も近づけない気迫を持つ孤高の投手でした。そんな2人の対決はまさに“食うか、食われるか”。生涯成績を見ると、江夏から最も多く本塁打を放ったのが王さんで、王さんから最も多く三振を奪ったのが江夏なんです」(同前)
侍同士の真剣勝負が、古き良き時代の大観衆を魅了した。
※週刊ポスト2021年5月7・14日号