心筋梗塞は虚血性心疾患の中で最も死亡率が高く、「熱した鉄棒で心臓をえぐられるよう」と表現する経験者もいる。
「心筋に酸素や栄養を送る冠動脈が詰まり、血流が止まって心筋が壊死する病気です。“胸の上に重い鉄板を乗せられたような痛み”を訴え、多くの患者は動くこともできず、脂汗をかきながらその場にうずくまる。左胸やみぞおちの痛みは5~20分ほど続きます」(長尾医師)
こうした激痛を伴う血管系の疾患は喫煙や多量の飲酒、ストレスなどがリスク因子として挙げられる。当たり前に聞こえてしまうかもしれないが、規則正しい生活や摂生が“痛い死に方”を避ける一助となり得る。
一方で、こうした急性の痛みを伴う疾患は、“痛いのは一瞬”という捉え方をする人もいる。冒頭のくも膜下出血を経験した40代男性は「激しい痛みだったけど、あのまま気を失って死ぬのであれば、“長く苦しまずに済む死に方”にも思える」と証言した。
医者が患者を苦しめる
とはいえ、“一瞬でも痛いのは嫌だ”と考える人は多いだろう。では、痛くない、苦しまない死に方はあるのか。
多くの人は「老衰」という言葉を思い浮かべるかもしれない。厚生労働省の「人口動態統計(確定数)2019年」によると、10年頃から死因として「老衰」が増加。2019年には人口10万人あたり99人が老衰で亡くなり、「脳血管疾患」や「肺炎」を抜いて3番目に多い死因となった(別掲図1参照)。
コロナ禍で感染予防対策が徹底されたことで、昨年は“コロナ以外の肺炎”による死者が大きく減少したと報告されている(2020年10月時点までの統計)。老衰の占める割合はより大きくなると考えられる。長尾医師が言う。
「高齢化とともに年々増えていて、近い将来、がんを抜いて死因の第1位になる可能性があります。ただし、『老衰』は、“記載すべき死亡原因がない”というだけで医学的に明確な定義はありません。かつては病院の医者が死亡診断書に老衰と書くことにためらいがありました。しかし、高齢化に伴い老衰としか呼べない最期が増えている。
ただ、同じ老衰での最期も、“医者が患者を苦しめる”ことがある。それが問題だと考えます」
長尾医師が問題視するのは、「人生の最終段階の過剰な医療」だ。
「現状、多くの病院では終末期の患者に多量の点滴を行なっています。そうした過剰な医療が患者を無用に苦しめている様子を多く見てきました。私は過剰な点滴による“溺れ死に”だと思います」
対比として長尾医師は、苦しまない死に方を「枯れる最期」と表現する。
「終末期以降は点滴を控えて自然な脱水を容認する。すると、“枯れた状態”で最期を迎える。枯れることで痛みは和らぎ、病気の種類を問わず穏やかな死を迎えられます」