人気者になったのはマダムだけではない。若い美女ばかりが揃う「姫」には女優やモデルが競うように入店。ミス・ユニバース日本代表の飯野矢住代、女優の山口火奈子、歌手で梅宮辰夫の最初の妻、大門節江が代表的な存在である。彼女たち“スターホステス”に囲まれた常連客の吉行淳之介は「まるで竜宮城のような店だ」と嘆息した。「姫」は名実共に銀座の頂点に立った。
長らくマダムと作詞家の二足の草鞋を履いた山口洋子だが、1980年代に入ると小説を書き始める。「草鞋は三足も履けないよ」という周囲の冷やかしに耳を貸さず、1985年には『演歌の虫/老梅』(文藝春秋)で直木賞を受賞。文士相手のマダムが文壇の仲間入りをはたした。逆転現象である。
バブル期を迎えても、「姫」の時代は続く。かつて最強の名をほしいままにした西武ライオンズの日本一の打ち上げは「姫」と決まっていた。実は下戸の山口洋子は、ソーダ水を飲んで酔ったふりをしながら乱痴気騒ぎを眺めていた。
時代は移ろい、若い男の姿が銀座から消えると、山口洋子も「姫」に姿を見せなくなった。往年の栄華が嘘のように客足は途絶え、2013年8月、「姫」はひっそりと閉店。奇しくもその翌年、洋子も後を追うように他界する。銀座の時代が終わったのは、このときだったのかもしれない。
【プロフィール】
細田昌志(ほそだ・まさし)/1971年岡山県生まれ、鳥取市育ち。CS放送キャスターから放送作家を経てノンフィクション作家に。近著『沢村忠に真空を飛ばせた男/昭和のプロモーター・野口修評伝』(新潮社)が「第43回講談社本田靖春ノンフィクション賞」受賞。
※週刊ポスト2021年9月17・24日号