お金持ちなら、日本来てない

 漫画『ピーナッツ』でスヌーピーの言う「You play with the cards you’re dealt. Whatever that means.」(配られたカードでやるしかないよ。それがどんな意味でもね)を二人に説明してみると、顔を見合わせたあとうなずいてくれた。彼らも先進国の連中からすれば国ガチャは外れ、親ガチャも相対的には厳しいものだっただろう。それでも異国の地で生きるために必死だ。日本に来ることは、生き抜くことは自分で選んだ。

 結局のところ、ガチャの根底にあるのは日本であれ、ネパールであれ「理不尽な格差」と何者かによる「意図的な確率操作」なのだろう。自己責任論と自助で一般国民を追い詰めた結果、昨日今日生まれたわけではないネットスラング「親ガチャ」が改めて注目された。SNSというあまりに酷い相対化に毒されてしまったのもあるかもしれない。コップの中の魚は自分を不幸とは思わない。ネット普及前のブータンは「幸福な国」だった。

「チョーお金持ちに生まれたかったね」

 どこで「チョー」なんて憶えたのか。それにしても、このバーフバリの直球にはうなずかざるを得ない。以前、筆者が『コロナ禍で「ハーレム」を謳歌する48歳資産家男性の成功思考』で取り上げたが、億単位の不労所得を誇る資産家に生まれてみたいとは思う。それも無名の資産家がいい。リアルで何人も知っているが、有名な金持ちよりも好き勝手できる。そんな妄想を膨らませていたらドジョーはいつの間にかキッチンに戻ってしまっていた。

「お金持ちなら、日本来てない」

 ドキリとさせられるドジョーの声が飛ぶ。かつて中国や韓国、ベトナムなど多くの留学生から聞いた言葉と同じだ。彼らは金があったら欧米の大学に行く、金がないから日本という趣旨だったが、学びが目的でないドジョーにすれば出稼ぎなんかしたくない、豊かなら母国で暮らしたいという意味だろう。Withコロナもままならず、経済活動全般が低迷を続けて久しい。在日外国人のワクチン接種も進めてはいるが、実態はどうか。受ける受けないは自由、文化的な背景もあって受けない外国人も多そうだ。ワクチンの是非とコロナ禍の生死の境目も、ある意味ガチャ論争が掘り返された理由かもしれない。

「(世界が)コロナになる(なんて)思わなかった」

 幸福度ランキング世界56位の日本人である筆者と、じつは幸福度ランキング92位と日本より低いネパール。自己肯定感の低い者同士、仏教国というのは悲観的で運命論に弱いのだろうか。「大金持ちに生まれたって大変だよ」「大地主なんて楽じゃないよ」と言われてもスタートラインは明らかに違う、みんなそれを知っているからガチャ論争になる。あらゆるガチャを外して人生クソゲー、リセットボタンすらなく電源スイッチだけという人に何を言っても気休めにすらならないだろう。ご意見番に上から目線で説教されても迷惑だ。成功者の大半はガチャ否定、彼らにすれば自分の努力を否定することになる。

「でも日本楽しいよ、好きよ」

 偉大なるバーフバリの言葉に少し救われた。異国でコロナ禍に遭ってしまったとはいえ、それでも日本に来たことは自分で選んだ道であり、納得しているのだろう。誰しもどこかでガチャの呪いを抜け出すチャンスはある。筆者にとっては多くの「師」であった。私を30年間引き上げてくれたのはその時々に出会い、導いてくれた多くの「師」であった。お金より人、良質の出会いがガチャの呪いを少しずつ解いてくれた。絶対他力は俗習では悪いことのように言われるが、本来の意味なら尊い教えである。

 ガチャは運命だがそのガチャの確率を下げているのは間違った社会であり、意図的に下げている上位者がいる。ネパールに仕事がないのも、ドジョーとバーフバリが家族を置いて出稼ぎしなくてはならないのもネパール社会と国に問題がある。ネパールの国ガチャの確率を著しく下げているのはそうした連中である。同じように日本の絶望的なまでに広がり続ける格差もまた、社会とそれを任されているはずの国の怠慢と、一握りの連中による悪質なガチャの操作によるものだ。貧困を哲学した思想家、アマルティア・センは「運命は幻想である」と説いた。運命が自己の責任であるという押し付けこそ幻想であると。

 じつは日本人だけではない。理不尽なコロナ禍によって、世界各国の一般国民は意図的な社会のガチャと不正操作のカラクリに気づき始めている。ガチャとは自分の運命ではなく自分の国に問題がある、ガチャの確率を意図的に下げる連中がいる、世界は不公平なガチャの操作によって作られている、と。

 ガチャ論争はネタでもなければ無責任でも陰謀論でもない、社会の真実に対する正しい疑念である。結論は出ずとも大いに続けるべきである。ガチャへの疑念はこの社会に対する新しい感覚の「目覚め」かもしれない。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。著書『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)他。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。

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