酒類の提供がない店でも、こうした難民客が押し寄せ、業務に支障をきたしていたが「飲み放題」の看板を掲げ、堂々と終夜営業を行っていたあるナイトクラブ前には、少しばかりの人だかりができていた。ちょうど店から出てきた、埼玉県在住の会社員・松尾江美さん(仮名・20代)は、一見酔った雰囲気ではあったが、中の状態があまりに不安で、店を出てきたところだったと筆者に話した。
「中のお客さん、誰一人マスクをしてないし、シーシャ(水タバコ)をみんなで回し吸いしたり、ナンパして男女が抱き合ったりしてた。少しくらいは大丈夫かなと思ったけど、流石に人が多過ぎてひいちゃった」(松尾さん)
ちょうどその場にいたセキュリティスタッフに、身分を明かした上で「コロナ禍での営業について聞きたい」と質問したところ、店の責任者という人物が出てきて、取り付く島なし、といった勢いで、筆者の取材を拒否する姿勢を見せた。
「マスコミや政府が必要以上に煽っているだけじゃないですか? コロナを気にし過ぎて、店の営業ができず自殺してしまった友人もいるのに、マスコミは責任を取れますか? だいたい、コロナは製薬会社とか、IT企業の社長とかの富豪が人口抑制のために作ったウイルスという説もある。それを取材して報じないマスコミなんて信用できませんから。文句だけ言わないで」(ナイトクラブ責任者)
店の前でそういった問答を繰り返していると、別のナイトクラブから梯子してきたという都内在住の男性会社員(30代)が「そうだそうだ」と言わんばかりに割って入ってきた。その男性は酔っていたためか、荒唐無稽な陰謀論のような主張にも同調し、さらにベロベロな酔っ払い口調で「本音」を漏らした。
「仕事はずっと在宅だし、会社に行っても消毒したり、ランチを一人で食べたりしているわけ。昼の顔と夜の顔が違うってだけ。四六時中、自粛自粛だったら息も詰まるって。お兄さんも今日は全部忘れて、バリバリ行きましょうよ!」(前出の会社員男性)
すでに増加傾向にあったとはいえ、あれから一週間以上が経ち、東京都内の新規感染者数は過去最高を何度も更新している。しかし、夜の六本木は今なお、同じような状態だという。前出の居酒屋店店主がいう。
「週末の夜の六本木だけは、コロナ禍の世界とは別の場所みたいな気がするし、居心地もいい。鬱憤晴らしにやってきた人の気持ちがわからないでもないんです。でも、当然感染者は増えるわけで、飲食店経営者にとっては営業をやめて今死ぬか、のらりくらり営業を続けて数ヶ月後に死ぬか、って状態。『まん延防止等重点措置』が適用されましたっていうけど、協力金も以前のように出ないだろうしね」(内藤さん)
確かに、現在の第6波で猛威を振るっている変異種のオミクロン株は、第5波のときに襲いかかってきたデルタ株に比べて重症化リスクは低いとされる。実際に感染した人が身のまわりに増えたと実感することも多いが、風邪を引いたのと違いがわからないと軽症で回復する人たちの様子も報じられるなどして、市民は判断を迷う。こうなると、市民の間でも、今までと同じような自粛をすべきなのか、様々な意見が噴出する。今なお夜の繁華街に集まる人々は、緊急事態宣言が発令されているわけではないのだからと、現状を「まだグレー期間」と勝手に都合よく解釈しながら遊び回っている。中には、第5波が落ち着いて以降「コロナは終わった」など、やはり勝手な解釈で飲み歩きを再開し、すでにコロナ禍前と変わらない頻度で飲みに出てくる客も少なくないのだと内藤さんは話す。
ただ、自身の行動には、必ずや責任がつきまとうという事実も忘れてはならない。いくら重症化する率が第5波のときより小さいといっても、全体の感染者数が増えてしまったら、医療を必要とするコロナ患者の絶対数が増えるため、他の傷病の治療にしわ寄せがいくのは間違いない。そして新型コロナウイルスに対する特効薬はいまだ確定していないのだから、手洗いうがい、マスク、密を避けて換気をまめにといった予防対策が身を守るための有効な手段であることは変わっていない。感染して痛い目に遭うのは、感染した人だけではないのだ。