1月28日に春のセンバツ甲子園出場校が発表されたが、東海地区の「2枠」の選考を巡って、大きな議論が巻き起こっている。昨秋の東海大会の優勝校、準優勝校が選ばれるのが当然と思われていたが、フタを空けてみると「準優勝校」の聖隷クリストファー(静岡)が落選し、「ベスト4」の大垣日大(岐阜)が出場校として選出されたのだ。各方面から選考結果に疑念の声があがるなか、聖隷クリストファーの上村敏正監督(64)がノンフィクションライター・柳川悠二氏の単独インタビューに応じ、苦しい胸の内を明かした。【前後編の前編、後編を読む】
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あの日、3月18日に開幕する第94回選抜高校野球大会(センバツ)への出場決定の連絡を、静岡県の私立・聖隷クリストファー高校の校長であり、野球部の指揮官でもある上村敏正監督は会議室で待っていた。
同校はこれまで春夏を通じて一度も甲子園に出場したことがないものの、昨秋の東海大会で2位となり、関係者だけでなく会議室に集まっていた記者たちも同校の初出場を信じて疑っていなかった。ところが、選考委員会の総会が開始された15時を過ぎてもいっこうに電話が鳴らない。
しばらくして、目の前にいたひとりの記者がスマホを凝視し、「エッ」という表情を浮かべた。異様な空気を上村監督もすぐに察知し、会議室は静まりかえった。
そして、上村監督は静岡県高等学校野球連盟の理事から「補欠校に決まりました」と非情な通告を受ける。
その3日後――入試を翌日に控える慌ただしい中で、上村監督は騒動後初となる単独インタビューに応じた。
「当たり前にそうなると思っていたことがそうならなくなった時、人は呆然としますよね。まさにそんな感じでした。怒り? そういうものはありません。とにかく、何も考えられませんでした。しかし、すぐに報道陣から『グラウンドで生徒に報告してください』と依頼された。普通の校長なら、『出場決定の連絡は来ませんでした』と淡々と報告するだけなんでしょうけど、私は彼らの気持ちを誰よりも知る監督でもあるわけです。『夏を目指して……』と一応は言いましたが、選手のショックの大きさから考えて、そう簡単に夏に気持ちを切り換えることはできません。そんなに選手は強くないです。今、私が悔いているのは、あの第一声で『お前達も悔しいだろう。俺も悔しい』という本音をぶつけてあげられなかったこと。私も頭の中が真っ白になっていました」
吉報が届くはずだった1月28日、まさかの報を受けても選手たちは気丈にグラウンドで汗を流していた。声を張り上げることで、抑えきれない涙とぶつけどころのない感情を振り払おうとしていた。
一方の上村監督は自宅に戻っても、落選したことがまだ理解できず、落選理由を報じるニュースに目を配る余裕もなかったという。翌朝、スポーツ紙記者からの電話でこう訊ねられた。
「抗議文を提出するおつもりはありますか」
上村監督が振り返る。
「突然の電話でしたから、『今は出すつもりはない』というようなことを記者には告げました。しかし、その後、選考委員による落選の理由を知ることとなり、1日、2日と時間が経つにつれ、『どうしてこういうことが起こったのか』『これはなぜなのか』という考えが頭から離れませんでした」
そして、「今は憤りの感情があります。それ以上に、選手のケアをしなければという気持ちが強い」と続けた。
東海大会を制した日大三島(静岡)に次ぐ東海地区の2枠目に選ばれたのは、準優勝の聖隷クリストファーではなく、ベスト4の岐阜・大垣日大だった。