病を抱えた妻とともに生きるために夫が選んだのは、自分の臓器を妻と分け合うことだった。痛みとリスクと引き換えに彼が得たものは、元気な妻と過ごす時間と、それまで以上に固く結ばれた絆。もし、あなたの夫や妻が、臓器移植を必要としたら……愛する人を守るため、どこまで差し出せますか?
「自分の人生の残り時間を真剣に考えなくてはならなくなった」 。2021年12月4日、琉球新報のコラムでそう述べたのは、元外務省主任分析官で作家の佐藤優さん(62才)。同コラムで、自身が前立腺がんと末期の腎不全を患っていることを明かした。検査により、がんの転移がないことがわかれば、佐藤さんの妻が腎臓移植の生体ドナー(提供者)になることを検討しているとも報じられた。
佐藤さんは、夫婦間で生体腎移植の意思はあるものの、もし検査の結果、前立腺がんが転移していたら、妻の腎臓を移植することは、ガイドライン上は推奨されていない。腎臓移植の名医が多数在籍する東京女子医科大学病院泌尿器科基幹分野長・教授の高木敏男さんはいう。
「レシピエントの体にとって、移植された腎臓は“異物”なので、拒絶反応を起こす可能性があります。それを抑えるため、移植手術を終えたレシピエントは、生涯にわたって免疫抑制剤を服用する必要がある。免疫抑制剤をのむと、がん細胞の増殖を抑えられなくなるため、がんが悪化するリスクがあるのです。そのため、術前検査でがんが見つかると移植が難しくなります」(高木さん)
このように、夫婦間で生体移植を行うと決めても、物理的な問題が次々と立ちはだかる。湘南鎌倉総合病院院長代行で腎臓病総合医療センター長の小林修三さんはいう。
「移植を検討する際、まずは生体移植を行う病院で移植医や移植コーディネーターと面談し、がんやその他の全身性疾患がないか、術前検査を行うのが一般的です。ドナーも血液型やHLAといった免疫検査のほか、その他の全身性疾患がないかどうかを検査し、腎臓がレシピエントに移植できる状態かどうかを調べます。検査のために数日入院することもあります」(小林さん)
日本移植学会の生体腎移植のドナーガイドラインでは、全身性の活動性感染症、HIV抗体陽性、クロイツフェルト・ヤコブ病、悪性腫瘍など、さまざまな免疫疾患がないことに加え、腎機能が一生にわたって良好な見込みがあること、体年齢が70才以下であることなど、いくつもの条件をクリアしなければ、生体腎移植のドナーにはなることができない。こうした検査は、簡単な血液検査だけでなく、数万円の費用がかかるものまで受ける必要がある。これらを乗り越えて初めて、生体腎移植ができるのだ。
レシピエントの移植手術は全身麻酔で行われ、下腹部の皮膚を20cmほど切って腎臓を移植する。