【著者インタビュー】東山彰良氏/『怪物』/新潮社/2860円
主人公は、〈鹿康平が怪物を撃ったのは一九六二年のことだった──『怪物』という小説を、わたしはそのように書きだした〉と語る台湾出身の作家〈柏山康平〉。鹿康平のモデルは台湾空軍として広東省上空を偵察中に撃墜され、1959年~1962年まで大躍進政策下の中国に囚われていた母の次弟〈二叔父さん〉だ。叔父自身はホラ話しか語らなかった3年の空白を創作によって埋めようとする主人公の姿を、同じく作家の東山氏は同名の新作『怪物』に描く。
「いうなればこれは作家が不倫して、失恋して、加筆修正をする話。僕は海外文学をよく読むせいか、愛や自由を臆面もなく語るのが好きなんです(笑)」と当人も言うように、本作は男女の性愛や孤独について描いた著者初の恋愛小説であり、〈物語から手が伸びてくる〉〈愛が家に入ってきたら、自由は窓から逃げ出す〉といった箴言に事欠かない虚と実のめくるめく関係を巡るエンタメ小説でもある。つまり〈東山彰良の黄金期〉(帯より)も、どうやら一筋縄ではいかないらしい。
作風、テーマ共に幅広い東山作品屈指の代表作といえば、自身のルーツに材を取り、「20年に一度の傑作」と北方謙三・直木賞選考委員を唸らせた『流』(15年)だろう。が、同じく日台中の歴史を織り込みながら、本作は「『流』とは独立した作品」だと東山氏は言う。
「これまでに僕は台湾が舞台ということでは、『小さな場所』と『僕が殺した人と僕を殺した人』という作品も書いていますが、主人公の職業や年齢は今回が自分に最も近いかもしれません。
僕はここ数年、自分が書いたことのないものを書きたいと考えていて、最初に頭に浮かんだのが恋愛物でした。それも青春物ではなく、大人の恋愛小説。それともう一つ、最近僕は何とか戦争や歴史的事件を現代の話に盛り込めないか模索してもいて、いわゆる戦争小説とは違う、もっと過去の戦争が現代の僕らの生活に直接影響するような書き方をしたかったんです。
となると自分と縁のある土地の方が当然書きやすい。今回は国共内戦と文化大革命に挟まれ、人が大勢死んでいるわりに影が薄い大躍進政策に注目しました。色々と調べるうちに台湾の黒蝙蝠中隊の話を知り、現に共産党軍に撃墜されて中国大陸を何年も彷徨った隊員もいたらしいし、これで日中台の3点が繋がるなと。
そうして柏山が失恋や改稿をする現代パートと、彼が鹿康平の物語を書くことで叔父〈王康平〉の死の真相に近づく作中作パートとが同時進行する、本書の骨格が固まっていきました」
それこそ第一部第一章は〈二叔父さんは怪物を撃ったか〉と疑問形で始まり、 62年に大陸から命からがら逃げ延び、その後自殺した叔父が何を悔い、誰を殺したのかを巡って物語は進む。