自身、祖父世代の昔話を好んで聞いて育ち、それが嘘や虚飾に塗れているほど、言うに言えない思いを言外に感じ取ってきたという。
「聞く度に話が変わるから怪しいとは思いつつ、本当に銃創があったりもするし、それを生で見た時の恐怖は、後々頭で理解した歴史とは全くの別物だと思います」
だからだろうか。本作では虚構と現実、ホラ話と本当の話に上下関係がなく、歴史的事件とごく個人的な家族史が優劣なく混在する。
「自分が小説を書く行為を振り返っても、現実で得たものを小説に反映もすれば、小説を書いて気づいたことが自分の日常を規定したり、あくまで双方向なんですね。この鹿康平の物語自体が柏山が書いた虚構に過ぎず、その柏山の物語を僕はさらに書いたわけで、そもそも何が本当かなんて誰も知り様がないと思うんです」
〈自分は誰かが書いた物語の登場人物に過ぎない……そんなふうに感じてしまうことはありませんか?〉等々、思い当たる節がありすぎる言葉に誘われ、時空を跨ぐ感覚はまさに読書の醍醐味。〈なにもかもが虚構なのではないか〉とは思う。それでも人は愛や自由や確かさを求め、〈あきらめることがありのままの自分を受け入れることなのだとしたら、たしかにそれこそが小説の本分なのだ〉と、小説家を小説に描いた小説家は書く。
【プロフィール】
東山彰良(ひがしやま・あきら)/1968年台北市生まれ。9歳の時、家族で福岡県に移住。2003年「このミステリーがすごい!」大賞銀賞及び読者賞受賞作を改題した『逃亡作法TURD ON THE RUN』でデビュー。2009年『路傍』で大藪春彦賞、2015年『流』で直木賞、2016年『罪の終わり』で中央公論文芸賞、2017~2018年『僕が殺した人と僕を殺した人』で織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞。『夜汐』『どの口が愛を語るんだ』など著書多数。183cm、72kg、B型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年3月4日号