そんな永瀬といえば、2020年の夏に公開された映画『弱虫ペダル』で、コロナ禍の日本を活気付ける好演を見せたことは記憶に新しい。休館を余儀なくされていた映画館の営業再開から間もないタイミングに、多くの観客を劇場に集めるのに貢献した。同作で永瀬が演じた主人公・小野田坂道は、今作で演じる“私”とは大きく違い、真っ直ぐでエネルギッシュな若者だった。漫画が原作のためか、現実離れしたキャラクターだったのではないかと思う。
それに対して今作での“私”は、彼を取り巻く環境こそ非現実的ではあるが、彼自身はどこにでもいそうな等身大の若者。これを成立させているのが、全編に渡る“私”のモノローグ(独白)だ。開幕直後から“私”の現状に対する不満が延々と吐露されるが、永瀬の声には覇気が感じられず、まさに空虚そのもの。将来への不安や諦念は、先行き不透明な私たち観客(特に若者世代)の心情を代弁しているようにも感じられ、彼の思考や発言に共感する人が多いのもうなずける。
そして本作が描くのは、“私”という1人の若者の成長だ。次第に永瀬の顔には表情が表れてきて、声も色を帯びてくる。だが、前向きな成長だけではない。あらすじで触れているように、最終的には取り返しのつかない事態に巻き込まれることになる。“私”のポーカーフェイスは、“先輩”や“黒服”との関わりによって明るい表情へと変わる一方で、クライマックスになるにつれて歪んでいき、声を震わせることになるのだ。“私”という1人の若者にとっては、人間らしい感情を得た証だろう。
作品の中心に立ち続け、一連の変化を滑らかに表現してみせる永瀬の姿に、彼が主演俳優として大きな成長を遂げているのだと強く感じさせられるのである。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。