ウィーンには、シューベルトが晩年を過ごした家が残っていて、「シューベルトハウス」として公開されています。十数年前、私はそこを訪れました。小さな板張りの部屋には自筆の楽譜や日課の記録、そして小さなピアノが展示されていました。彼は梅毒のため、左腕が麻痺してピアノを弾くこともままならなくなったそうです。
病魔の進行と共に、この部屋から出ることも難しくなります。彼の部屋の窓を開けると、すぐ下は街路となり、正面にはより高く古い建物があって、この部屋からの視界を当時も塞いでいたことでしょう。見上げると四角い空が見えるばかりで、この空の色が、朝焼けのパールブルーから夜の漆黒に遷って一日を告げ、その風の温度と匂いが彼に四季を知らせたのでしょうか。
シューベルトは詩をこよなく愛した音楽家でした。彼の墓は、生涯尊敬してやまなかったベートーベンの墓とともにウィーンの中央墓地にあります。
【プロフィール】
岡田晴恵(おかだ・はるえ)/共立薬科大学大学院を修了後、順天堂大学にて医学博士を取得。国立感染症研究所などを経て、現在は白鴎大学教授。専門は感染免疫学、公衆衛生学。
イラスト/斉藤ヨーコ
※週刊ポスト2022年4月8・15日号