もう1つ、彼女が得意とするのが、欲望に正直な女性の演目。それが「悋気の独楽」「紙入れ」「転宅」だ。
「紙入れ」は、大店のおかみさんが出入りの若い男を誘惑する噺。男が忘れていった紙入れを巡って浮気がバレるかバレないかの攻防が繰り広げられる。
「ベッドシーンがあるんです。たとえば『新吉の手がおかみさんの長襦袢の裾にかかると、真っ白な2本の足がスーッ……』。思わず生唾を飲みます。そこに旦那が“トントントン、いま帰りましたよ”と言う。
初めて演じたとき、うちの師匠に『こんな馬鹿馬鹿しい噺だったか?』と言われました。もっと情緒のあるいい女の話じゃないか、と。
実際、女性がやるのは考えられないといわれる演目です。でも、一夫一婦制ではなかった江戸時代の女性たちは、いまよりずっと正直に生きていたのではないかと思うんです。コンプライアンスの厳しい現代にそぐわないかもしれませんが、江戸の暮らしぶりに触れられるのも落語のよさですから」
いまでこそ、奔放な女性を演じているが、前座時代はまるで違っていた。
「まず、師匠から『あなたの人生経験が噺家になる邪魔をするだろうから、辞めた方がいい』と言われたんです。確かに、修業時代は何者でもない身。まっさらの方が有利です。女性を封印する覚悟も必要でしたので、これまでの服を全部捨て、地味な色の男物の服だけを着続けていました。一度社会に出た人間にとって、血を入れ替えるような作業でしたね。つらすぎて、前座時代のことはほとんど覚えていない(笑い)」
それを乗り越えられたのは、やはり寄席が好きだったから。
「私自身、進む道を見失っていたときに寄席に救われました。寄席の落語は、1人15分でトリが30分。一日中、次から次へと演者が入れ替わり、その間、出入りも自由。その緩さが心地よかった。ただボーッと聴いて、疲れたら寝ちゃえばいい。あっ、いまは寝てもらっちゃ困りますけど(笑い)」
一昨年、師匠から「お前、私服がダサすぎる。少しずつ年季も上がってきたのだから、好きなものを着なさい」と言われ、女性を封印する呪縛から解き放たれた。
「今後は、女2人がご隠居さん、八っつぁんのように他愛ない話をする古典風の落語や、『年取るってコスパ悪いわあ』と、等身大の女性が愚痴を言い合うような新作落語を作っていきたい」と話す。