生き方も「アップデート」が求められる時代。先人の教えを真に受けてはアウトの場合もある。コラムニストの石原壮一郎氏が会話劇仕立てで解説する。
* * *
「ごめんよ、ご隠居さん、いるかい」
「おお、熊さんじゃないか。どうしたんだい、あわてて?」
「どうしたもこうしたも、いやね、ご隠居さんは言葉に詳しいってもっぱらの噂だから、教えてもらおうと思ってきたんですよ」
「ほうほう、それは光栄だね。どういうことを知りたいんだい」
「飯屋のおはな坊のヤツが、言うんですよ。熊さんはジェンダー意識が遅れてる、差別的な言葉を平気で使うミソジニストだ、もっとアップデートしなさいって」
「そりゃ、おだやかじゃないな。近ごろの娘っ子は、すぐそうやって男を差別するからね」
「ところで、ご隠居さんちの庭のブドウ、今年はたわわに実ってますね」
「喝! 言ってるそばから迂闊なヤツじゃ。『たわわに実る』なんて言ってはいかん」
「だ、だめなんですかい。おいらは別にヘンな意味で言ったわけじゃねえんですけど」
「ヘンなつもりがあろうがなかろうが、本当に悪い意味を含んでいようがいまいが、批判する側にとっては関係ない。大事なのは、攻撃する口実があるかどうかじゃ」
「わかりやした。ほかに言わないほうがいい言葉にはどんなのがありやすか」
「昔からのことわざには、今の時代にはふさわしくないものがたくさんあるな。たとえば、ジェンダー平等やルッキズムの点で問題があるのは『悪女の深情け』『色の白いは七難隠す』『男は度胸、女は愛嬌』『女子と小人は養い難し』『あばたもえくぼ』あたりじゃな」
「へー、『悪女の深情け』なんて、男女関係の機微や人生を肯定しようという姿勢が感じられる秀逸なことわざだと思うんですけどね」
「熊さん、なかなかいいことを言うね。反論したくなる気持ちはよくわかる。しかし、批判してくる側はハナから人の意見を聞く気はない。自分が腹を立てているのも郵便ポストが赤いのも、みんな男性社会が悪いと叫んで溜飲を下げたいだけじゃからな」
「なんか気の毒ですね。女子と小人はとはよく言ったもの……おっといけねえ」
「夫婦についてのことわざにも、要注意なものは多い。『夫唱婦随』や『亭主の好きな赤烏帽子』は家父長制の象徴で、『大根と女房は盗まれるほどよい』は女房をモノ扱いしていると言われるじゃろう。『女房と畳は新しいほうがいい』なんて言ったら即刻離縁じゃな」