東京都の台東区と荒川区にまたがる山谷地区は、大阪の釜ヶ崎、横浜寿町と並ぶ日本三大寄せ場のひとつだ。この地に多く建つドヤ(簡易宿所)には、新型コロナの防疫上、様々な困難が集中していた。この街を10年以上取材し、新著『マイホーム山谷』を上梓した介護ジャーナリスト・末並俊司氏がレポートする。【前後編の後編。前編を読む】
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感染拡大の阻止はドヤの努力だけではどうにもならない。ホテル白根にも出入りする訪問看護ステーション・コスモスの代表、山下眞実子さんが語る。
「ドヤでひとりぼっちで暮らしている高齢者のなかには、PCR検査の手続きができない人がけっこういます。私たち訪看(訪問看護師)が手続きを代行して、付き添いのヘルパーさんを手配することもよくあります。本来ならご家族の方がやったりするんだろうけど、山谷には天涯孤独の人も多いからね」
ワクチンの接種券も路上生活者の元には届かない。山谷で活動する労働組合が自治体と交渉し、組合の事務所に接種券を送付する形でワクチン接種を可能にしたケースもあった。
かつての日雇い労働者は山谷の路上やドヤで年を取った。今では医療や介護を必要とする人が大半だ。貧困の問題も大きい。こうした人たちを救うため、山谷の街ではコロナ以前から、訪問看護ステーション・コスモスのようなNPOや労働組合などの支援団体が多く活動しているのだ。
ホテル白根の奮闘もコロナ禍に限ったものではない。宿泊客のなかには、金銭管理ができず、生活保護費を受け取った先から使い果たしてしまう人もいる。そうした客のために、本人の同意の上で帳場で保護費を預かり、毎日必要な分だけ渡すシステムを導入している。認知症の症状で服薬管理ができない客には、帳場で薬を預かり、決まった時間に声掛けして薬を飲ませることまでやる。
ホテル白根はあくまでも簡易宿所だ。医療機関でも介護施設でもない。本来ここまでする必要はないし、このような手厚いサービスを行なったところで、売り上げは変わらない。
山谷を取材していると、豊田さんのように仕事の枠を超えて生活困窮者に寄り添おうとする人たちに多く出会う。先に紹介した訪問看護ステーションの山下さんもそのひとりだ。
こうした仕事の枠を超えて寄り添う姿に最も近い言葉は「善意」なのだろう。山谷の福祉を支えているのは、ここに集まる人たちの善意だ。理想的な姿にも思えるが、これを他の地域に強いることはできないし、強いるべきではない。