道尾:そのときに感じたのは、やっぱり、なにかひとつのアイテムが見つかると、メディアはそこに物語を付け加えたがるんだな、と。そういった物語を欲するというか、偶然を超えた関連性を疑ってしまう感情は、誰のなかにも潜んでいると思います。そういえば2016年に起きた小金井ストーカー刺傷事件について、高橋さんに相談したこともありましたね。
高橋:はい。音楽活動をしていた大学生の女性をナイフで襲った男(懲役14年6か月)が、道尾さんの小説『光』(光文社刊)の一節をブログにアップした直後に、事件を起こして。
道尾:「人を行動に駆り立てるもの」に関する一節でした。『光』はそういう作品じゃないんですけどね。女性を襲った彼が自分勝手に解釈、誤読して一部を書き写しただけ。ただそれでも、このことについては胸に引っかかっていたんです。そうしたら後日、高橋さんが拘置所で彼と面会したと聞いたので、『光』について言及していたかどうか尋ねました。
高橋:『羊たちの沈黙』のレクター博士のように、ここで道尾さんの作品をめぐる問答でもあれば「物語」になったかもしれませんが、実際には、面会した彼の口から『光』についての言葉が発せられることはありませんでしたね。彼の愛読書や差し入れで要求してきた本からも、特定の傾向は導き出せなかったので、道尾さんには「ブログにアップされた抜き書きには、強い意味はないと思います」と伝えました。
道尾:そうそう。高橋さんから「彼の読書の好みは普通です」って言われてホッとして……そんなふうに「物語」がないのが、「リアル」なのでしょうね。
(後編につづく)
【プロフィール】
道尾秀介(みちお・しゅうすけ)/1975年、東京都出身。2004年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家としてデビュー。2007年『シャドウ』で本格ミステリ大賞、2009年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞を受賞。2010年『龍神の雨』で大藪春彦賞、『光媒の花』で山本周五郎賞を受賞する。2011年『月と蟹』で直木賞を受賞。『向日葵の咲かない夏』はミリオンセラーに。近著に『貘の檻』『満月の泥枕』『風神の手』『スケルトン・キー』『いけない』『カエルの小指』『雷神』『N』などの作品がある。
高橋ユキ(たかはし・ゆき)/1974年、福岡県生まれ。2005年、女性4人の傍聴集団「霞っ子クラブ」を結成しブログを開設。以後、フリーライターに。主に刑事裁判を傍聴し、さまざまな媒体に記事を執筆している。『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)など、事件取材や傍聴取材を元にした著作がある。最新刊は『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館新書)。
※週刊ポスト2022年6月10・17日号