作品の出来は予算や放送枠で決まるものでもない。最近は、深夜枠で新たな才能が芽吹くことも多く見られる。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が分析した。
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事件の影響で始まるはずのドラマの初回が延期されたり選挙特番で一回休みが入ったり。テレビ番組の予定がずいぶん変則的になりました。しかし、見るべき物語が確実にスタートしています。7月に始まった2つの深夜帯ドラマに、役者の味わいや挑戦する姿勢、文学的な匂いを感じて、グイグイと惹き付けられてしまいます。
7月8日、テレビ東京で始まった『雪女と蟹を食う』(金曜深夜0時12分)。原作は漫画家Gino0808による同名作品。主人公は自殺を決意した男・北(重岡大毅)。冤罪によって将来設計が崩れ婚約者とも別れ、死ぬしかないところまで追い詰められた。人生最後に「北海道で蟹を食べてから死ぬ」と決め強盗に入った家に、雪女を彷彿とさせる細身の人妻(入山法子)が。数奇な流れで二人一緒に旅へと出ることに……。
第一話の冒頭、ジャニーズWESTの重岡大毅さんが見たこともない錯乱した表情で登場。鬼気迫る顔、自殺をはかろうとする追い詰められた絶望感がすさまじい。この社会の絶望を映しているようなリアルな感じに、思わず鳥肌が立つ。
その一方、現実感が希薄でまるで人形のような不思議な人妻・彩女の存在感も際立つ。演じる入山法子さんが、北とはまた別の虚無感を色濃く漂わせていて、二人は絶妙にマッチし、異世界の旅へと連れ去ってくれる。
「犯人は誰か」とか「真相は何か」といった原因-結果の単線を追うのではなく、ひとつの映像、ひとつの行動にも、視聴者は複数の解釈や複雑な感情を読み取る。見ている側の心にさまざまな思いや感情が浮かんでくる。そんな豊かな曖昧さがあるのも、文学的な表現と言えるかもしません。
さらに、このドラマが文学的と感じる理由に、言葉があります。例えば「カニを喰いたい」と「死にたい」という異質なセリフのぶつかりあい。まったく違う二つの分野の言葉が組み合った時、緊張感が生まれます。
主演に注目すると、重岡さんといえばこれまで明るくまっすぐなイメージで、例えば『これは経費で落ちません!』(NHK 2019)で上司に懐いていく子犬のようなカワイイ部下・山田太陽。あの印象が強かった重岡さんだけに、今回の冒頭シーンに度肝を抜かれました。絶望に身をよじる男-演じたことの無い人格に何とかなりきってやろう、という役者の気迫がドラマの見所の一つでしょう。