〈容赦ない日差しが照りつける20XX年の東京。いつものことだが体感温度は50℃超え。日中の街に車は通るものの、人影は皆無。その車のボディーカラーは全部白。気温上昇抑制のため、法律で白以外は禁止になり、住宅の色も屋根を含め全部白色だけに規制されている。テレワークが主体で道路工事や建設業、外回りの仕事は日没後にするスタイルが定着している。屋内のショッピングモールを歩く人も、みな白のファッションに身を包んでいる。
午後1時、銀行では窓口が閉まる。日本でも昼休憩をするシエスタがすっかり定着したからだ。夏の風物詩だった高校野球はすっかり冬のスポーツに変わり、緑の芝の上を走り回る球児たちは2月に目にすることになる。そうそう、この時代は冬でも熱中症に注意しなくてはならないのだった〉
いまとは大激変した未来の日本の予想だが、暑さが与える健康への影響も計り知れない。ナビタスクリニックの内科医・山本佳奈さんが話す。
「暑い環境で暮らしたり、その中で仕事をすると、熱中症だけでなく心血管虚脱や腎不全、臓器障害などを起こす可能性が指摘されています。細胞やDNAにダメージを与えるとの研究もあり、体に深刻な影響を及ぼすでしょう。
また思考力や運動機能が低下して、うつ病のほか、犯罪や自殺を起こしやすくなるともいわれています。暑い環境下での暮らしに関する研究は充分ではありません。50℃の環境下にいると最終的に私たちはどうなるのか、想像すらできません」
経済的不安も残る。気候変動対策に伴う物価上昇「グリーン・インフレーション」の可能性もある。急激な脱炭素化に伴う需給バランス変化による価格上昇や脱炭素投資コストの製品への転嫁、炭素価格の導入による価格上昇などにより、電気代をはじめとする生活コストや食品価格が異常に上がるかもしれない。
今年8月1日に発表された英ケンブリッジ大学の論文では、年間平均気温が29℃以上の極端な暑さに見舞われるのは、2070年までに20億人になる可能性があるという。これらの地域は、人口密度が高いだけでなく、政治的に最も脆弱な地域でもある。すなわち、飢饉と栄養失調、異常気象、紛争、媒介性疾病などが世界的問題として持ち上がる可能性が高い。
また、水資源も不足し、水の争奪を原因とした国際紛争が頻発する可能性も指摘される。『お天気ハンター、異常気象を追う』(文春新書)の著書がある気象予報士の森さやかさんが言う。
「中東やアフリカでは気温が上昇した結果、お金がなくて苦しむ人と、冷房の中にいられたり、避暑地に行ける人との格差が明確になります。日本でも、同様のことが起きて社会の分断を招けば、社会不安につながりかねない。このような『気候のアパルトヘイト』を起こしてはなりません」