プールの水深が次第に深くなっていくように、本は現在から過去へとさかのぼる。現代小説である『キム・ジヨン』を入口に、ハン・ガン『少年が来る』、チョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』、崔仁勲『広場』といった、時代を画する小説が読み解かれていく。それぞれの作品の背景にある、社会的な事件や、IMF危機、光州事件やいまも終わっていない朝鮮戦争といった歴史もあわせてひもとかれる。
本の中で、《韓国現代史は『死を殺す』行為を積み重ねてきた》という、韓国の歴史家韓洪九(ハンホング)の言葉が引用されていて、つよく印象に残った。
「虐殺された死者の存在を政権が隠蔽しようとした時期が韓国の歴史で何度もあります。そうした極端な歴史修正主義がはびこるからこそ、偽りの歴史を書き換えなければという作家側の意識や努力も強くなって、多くの作品に反映されているんじゃないでしょうか」
死者の声なき声が、小説からは、さまざまに響き出す。すでに古典となった作品はもちろん、現代小説においてもそれは変わらない。
たとえば、多くの作家に衝撃を与えたといわれるセウォル号の沈没事故。キム・エランの短編「立冬」(『外は夏』所収)が、修学旅行中の大勢の高校生の命を奪ったこの事故を受けて書かれていることは、直接、事故への言及がなくても、韓国の読者には明らかだという。
「セウォル号の事故は韓国社会にさまざまな影を落としました。BTSのヒット曲『Spring Day』も、事故の死者たちに向けられたものです。あえてはっきり言わないようにしていますけど、メンバーの一人は亡くなった高校生たちと同学年で、韓国国民は全員知っているシークレットメッセージです。死者を忘れず、悼む気持ちが共有されていることと、それを作品化しようとする努力もすごく大きいです」
死者を忘れずにいることは、歴史を過去にせず、現在に続くものとして意識させることにつながる。韓国の歴史を知ることは、日本の現代史理解にも奥行きを与えるはず、と斎藤さんは言う。
「私が韓国の勉強を始めた1980年に光州事件があった」
斎藤さん自身が韓国語を学び始めたのは1980年、考古学を専攻する大学生のときだった。
「なぜ韓国語を選んだのか、理由はいろいろあって、ひとことで答えるのは難しいです。詩人の茨木のり子さんは『隣の国のことばですもの』と答えることにしていたそうで、その気持ちはよくわかります。