残酷なことだという自覚はある
「そもそもの着想は、愛犬を亡くして別れ難さのあまり、死体をプランターに埋め、掘り返すのが怖くなって、置きっぱなしにしているという知人の話を聞いたことでした。本人はたわいない笑い話のつもりだったようですが、僕にとってはおかしさや怖さ、犬への愛着や別れの悲哀もはらんだ、複雑な気持ちにさせられるエピソードでした。
僕自身、ペットは家族だと言い切れる人を疑問視してきたけれど、いざ飼ってみるとその通りだと思う。間違いなく家族なんです。でも、松本が〈生体販売は動物虐待だ〉と言うように、幼い仔犬を母親と引き離して商品化し、それを飼う側の自分も、本当に残酷なことをしているという自覚は常にある。だからこそ大事にしなきゃとも思うんですが、罪の意識はこのコを飼ってからの方がより深くなった気はします」
面白いのは人間側の嘘を犬達は全てお見通しなこと。〈犬、じゃないですか〉と下山が被害者と犯人を結ぶ線に気づいて以来、植村は犬を介した人間関係に焦点を絞るが、一部の飼い主は素性を偽るなどして名前すら怪しいのに対し、犬同士は互いの匂いを2度と忘れることはなく、捜査ツールとして確実さと曖昧さが見事に同居するのだ。
「犬好きな人って犬が好きなあまり、人間を軽視する傾向があるんです。散歩中によく立ち話する関係なのに、何年も相手の名前すら知らないままとか、遠慮というより多分、興味がない。僕もよく散歩で会う人に犬抜きだと全然気づいてもらえなくて、そうか、犬で憶えられているんだって(笑)」
その愛情が、真希の場合は〈犬を救う〉使命感としてSNS上で炸裂。〈人殺しが、犬を飼ってる〉と身勝手な推理を書き込み、炎上させたのも、あくまで犬の命を救うため、正義のためなのだ。また〈多頭飼育〉や保護犬人気に潜む陥穽、事件関係者のその後や真の更生など、本書には様々な問題が盛り込まれ、それらを佐藤氏は社会問題ではなく、身近な問題意識として描いているという。
「僕は経済的理由で大学を中退した後、こうなったら好きなように生きてやると、音楽をやりに東京に来たんですね。でも簡単には売れなくて、いろんな職場で働く中、あそこは前科者がいてどうのとか、社会の底辺でさらに下を探すようなマウント話も聞くわけです。
現に息を吐くように嘘をつく人はいたし、罪を犯しても反省しない人間はいる。でも本気で社会復帰をめざす人もいて、特にSNSで情報がダダ洩れな今はどうやって生きていくんだろうと、ずっと気になっていて。
元々僕はミステリー系の新人賞は賞金が高く、まだ市場がありそうだからミステリーを書き始めた人間だし、いわゆる謎解きよりは正義を振りかざす危うさとか、事実を歪めても自分が正しいと思う方向に持って行く人間のヤバさを書きたい。だからこういう小説になるのかもしれません」
始まりは犬。そして謎を解く鍵も全て犬だが、その背景に蠢く人々の有様にはげんなりするような愚かさも光も両方ある。一筋縄でいかない犬ミステリーだ。
【プロフィール】
佐藤青南(さとう・せいなん)/1975年長崎県島原市生まれ。熊本大学法学部を除籍後、上京。ミュージシャンとして活動する傍ら新聞販売店や飲食店等で働き、2010年に『ある少女にまつわる殺人の告白』で第9回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞、翌年同作でデビュー。著書は栗山千明主演でドラマ化された「行動心理捜査官・楯岡絵麻」シリーズや「白バイガール」シリーズ等の他、『ジャッジメント』『市立ノアの方舟』『ストラングラー 死刑囚の告白』等。171cm、73kg、B型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2022年9月30日号