【著者インタビュー】佐藤青南氏/『犬を盗む』/実業之日本社/1870円
5年前、のちに愛犬となるアロンちゃん(5歳・雌、取材時も同席)と出会い、生まれて初めて犬を飼って以来、佐藤青南氏の生活は大きく変わったという。
「元々社交的でもない僕が、犬を連れているだけで全然知らない人と挨拶したり、見えてくる景色が全然違うことに気づいたんです。その半面、ドッグランで急に距離を詰めてくる常連さんとか、強制的にコミュニティに取り込まれる感覚がちょっと怖くもあって」
そんな著者自身の実感から生まれた新作ミステリーが『犬を盗む』だ。まずは世田谷区内で資産家の独居女性〈木戸タカ子〉80歳が惨殺され、金品が奪われる強殺事件が発生。警視庁捜査一課の〈植村光太郎〉は玉堤署の〈下山〉とコンビを組み、現場へ向かうが、夫の死後、実の娘とも疎遠だった老女宅からは、愛犬と寝食を共にした跡や、死後1年以上と思しき骨が見つかり、ケージや餌類もそのままに残されていた。
捜査を進めると、周囲の被害者評は「人嫌い」と「犬好き」の2つに大きく割れる。これは1人の人間の中に同居する幾つもの顔の物語でもあるのだ。
「犬を飼いたくてペット可の今の家に越したんですけど、同時に同棲し始めた彼女は大の犬嫌いだったんです。それで無理かと思いつつも、諦め悪くたまにペットショップを覗いていたらこのコがいて、むしろ彼女の方が『連れて帰りたい』みたいな(笑)。本当は保護犬を飼うつもりだったんですけどね。
僕自身、元々は犬が怖く、動物も苦手だったからこそ、犬を単に可愛いだけの存在には書けなかったし、犬が苦手な人の視点も担保するよう心がけました」
それこそ犬アレルギーの植村と犬好きな下山の凸凹コンビが、被害者宅で茶まで出されながらメッタ突きにした訪問者の足取りを追う捜査譚の他、本書には2つの視点が並走。現場近くのコンビニ店員〈鶴崎〉と、近所に住むミステリー作家〈小野寺真希〉の視点だ。
3か月前から〈ユーアンドミー世田谷店〉で就活中の繋ぎと称して働く鶴崎は、実は某実話誌の依頼で潜入した借金まみれのルポライター。目的は週6で夜勤に入る先輩アルバイト〈松本〉に接近し、ある重大事件に関わった彼の過去と現在を誌面で暴くことにあった。
また昨年、出版社勤務の夫〈紳太郎〉とペット可のマンションに越してきた真希は、3年前にとある新人賞を受賞してデビュー。執筆の傍ら、愛犬〈ショコラ〉と散歩するのが日課だ。
近所にはドッグランもあり、古株の〈横田さん〉たちの我が物顔や〈排他的な空気〉は気になるものの、それも元担当編集者の夫に愚痴れば済むこと。以前ある人が〈犬の死骸をドッグランに持ってきた〉話をした時も、夫は気味悪がる一方で、〈他山の石だね〉〈ショコラが死んだら、おれも同じことをしないとは言い切れない〉と自戒し、流産以来、ますます周囲に対して壁を作る真希とは性格も対照的だ。
実はこれら3つの視点には、いずれも犬が登場する。殺されたタカ子の愛犬〈ラブ〉、30代独身の松本がアパートの敷金を積み増ししてまで飼い始め、鶴崎も時々散歩を買って出る〈シロ〉、そして真希の愛犬ショコラ。これらの視点がどこでどう繋がり、真相にどう導くのか、鍵を握るのもまた犬達なのである。