『文にあたる』は、校正という仕事だけでなく、「働くこと」について考えさせる本でもある。
両親も、結婚した相手も校正者だが、牟田さんは大学を卒業してすぐ校正者をめざしたわけではない。図書館勤務、販売の仕事を経て、30歳で校正者になった。
「校正に限らず、働くってなんだろう、仕事ってなんだろう、ってつらつら考えてしまうのは、たぶん私が就職氷河期にもろにぶつかった世代だからだと思います。周りでも新卒で正社員として就職できた人はほとんどいなくて、働くということについて、いやでも考えざるをえない状況でした」
10年ほど前から、牟田さんは、自宅から電車で2駅のところにあるブックカフェで開かれる、本の刊行記念イベントに参加するようになった。そこで知り合ったのが多くの出版関係者だ。
「自分の世界を広げよう、と思って行ったわけではなくて、単に面白くて通っていたんですけど、いろんな人の話を聞く機会に恵まれましたし、ほかの人の働きぶりを見て、『自分はどうだろう』と考えるようになった気がします。いま、一緒に仕事をしている編集者も、そこで知り合った人が多いですね」
『文にあたる』は発売してすぐに重版がかかった。校正者をめざす人だけでなく、本づくりに興味を持つ人に広く読まれているようだ。
「名もない著者の初めての本なので、売れなかったらどうしよう、とドキドキしたけど、ほっとしました。初校ゲラってこのタイミングで来るんだな、とか、書店用のリリースはこのタイミングで流しますから、いつ以降ならツイッターでつぶやいて大丈夫です、とか。初めて体験する本づくりのプロセスの一つひとつが、すごく面白かったです」
【プロフィール】
牟田都子(むた・さとこ)/1977年東京都生まれ。図書館員を経て出版社の校閲部に勤務。2018年より個人で書籍・雑誌の校正を行う。本書が初の単著。共著に、ライター・青山ゆみこ、翻訳家・村井理子との往復書簡集『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』、批評家、編集者、装丁家、印刷会社など本を届ける10人が思いを綴った『本を贈る』がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2022年10月13日号