集団感染の温床になる“違法ジビエ”
ジビエは野生動物の肉である以上、ウイルスや寄生虫を保有している可能性がきわめて高い。そのため、現在国内で流通しているジビエの精肉の管理は厳格で、狩猟から調理まで、厚生労働省が定めるガイドラインに従う必要がある。
ガイドラインでは「銃の場合はライフルまたはスラッグ弾を使用」「運搬時は1頭ずつシートで覆うなどし、個体が相互に接触しないように」「摂氏83℃以上の温湯供給設備がある場所で解体し、1頭ごとに機械器具をすべて洗浄する」「肉は摂氏10℃(冷凍の場合は摂氏マイナス15℃)以下で保存」など、非常に細かいルールが設けられている。
国内では、ジビエ肉を利用する場合、これらの条件を満たし、食肉処理の許可を受けた施設から仕入れたものしか認められていない。
日本ジビエ振興協会でも、「猟師直送」などとうたったネット販売を利用することや、知り合いの猟師から直接肉を仕入れることのないよう訴えている。
だが、実際にインターネットで「猟師直送」と検索すると、無数のウエブサイトがヒットする。
ハンターが仕留めた肉をその場でさばいたものなど、許可を受けた施設以外のところで加工されたジビエ肉は“違法ジビエ”と呼ばれる。
狩猟免許を持った人が自分で仕留めた野生鳥獣をさばき、自己責任で食べることは違法ではない。だが、その肉を飲食店などで販売することは法に反する。
日本大学生物資源科学部獣医学科教授で、農林水産省の国産ジビエ認証制度の審査員でもある、壁谷英則さんが説明する。
「ジビエと家畜のもっとも大きな違いは、飼料管理、健康管理、衛生管理がなされていないこと。そのため、家畜の場合はほとんど考えられない、寄生虫感染症や糞便からの食中毒細菌による汚染のリスクが高い。
野生動物の場合、血液を介して全身に広がったE型肝炎などのウイルスが潜んでいたり、筋肉の中に寄生虫がいる可能性もある。許可を受けた施設で、決められた手順で処理された肉であっても、充分な加熱が必須です」
E型肝炎は、潜伏期間が1か月半近くあるため、症状が出てから受診しても、原因がわからないこともある。
また、野生動物が飲んだ水からO-157に感染していると、そこから腸管出血性大腸菌に感染する恐れもある。
さらに、野生動物は多くにダニがついており、これが感染症を引き起こすこともあるという。
「リケッチアという細菌よりも小さい病原体は、ダニやノミなどを介して野生動物に感染し、増殖します。リケッチアが人に感染すると、発熱や発疹などを引き起こします。通常は抗生物質を服用すれば治りますが、放っておくと重篤化する。非常にまれですが、命を落としたケースも報告されています」(下方さん・以下同)
そのほかにも、食中毒を引き起こすサルコシスティス(住肉胞子虫)やトリヒナ(旋毛虫)といった寄生虫による被害も報告されている。
こうした寄生虫や菌は、充分な冷凍や加熱によって死滅させることができる。だが裏を返せば、処理が不充分なジビエ肉には、寄生虫や病原菌が棲んでいる可能性が非常に高いということだ。
「2016年、茨城県の飲食店で、クマ肉が原因でトリヒナの集団感染が起こりました。常連客の1人が北海道で個人的に入手したクマ肉を店に持ち込み、ローストしたものを食べた15人の客が筋肉痛、発疹、発熱などの症状を訴えました。同店で冷凍保存されていたクマ肉からも、トリヒナが見つかっています」
最近では、2018年にも北海道でトリヒナの集団感染が起きている。ハンターから狩猟直後のクマ肉を譲渡された人が、1週間冷凍保存した肉を自宅で焼いて食べたところ、加熱が不充分だったために、トリヒナによる食中毒が起こったとされている。
「シカ肉からよく見つかるのは、サルコシスティスです。一見、赤身にサシが入っているような見た目で、一般のかたには本当のサシと見分けがつきにくい。生のシカ肉を食べて、下痢や嘔吐などを発症した事例が報告されています」(壁谷さん・以下同)