1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏が、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、3000メートルという長距離で争われる菊花賞についてお届けする。
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今年は皐月賞馬ジオグリフが天皇賞(秋)への出走を表明し、ダービー馬ドウデュースは凱旋門賞へ。両レースで2着だったイクイノックスも天皇賞(秋)を目指しているように、菊花賞に出る有力3歳馬は減ってきています。かつては皐月賞を勝つのは速い馬、ダービーを勝つのが運のいい馬と言われていたのに対し、3000mという長距離の菊花賞を勝つのは「強い馬」とされていました。しかし、スピード重視の傾向が強くなるにつれ、スタミナ型の馬が活躍できる場が少なくなっています。僕がジョッキーになる前は、秋の天皇賞も3200mだったんですよ。
これは世界的な傾向で、三冠最後に位置づけられる長距離のレースより、ヨーロッパでいえば凱旋門賞やチャンピオンステークスに向かう馬が多くなっているし、3歳馬だけではなく古馬に開放される国も増えてきました。種牡馬としてもスタミナよりスピードが要求されています。そういう流れに合わせるのか、それとも伝統を守っていくのかは意見が分かれるところですね。今まで築いてきた「三冠」という権威を変えるというのはけっこう大変なことですから。
また単にスピードの問題だけではない。3歳馬の場合、春先はまだまだ成長途上でいろいろ問題を抱えていたけれど、夏を越して逞しくなる馬がいる。僕が騎乗して勝ったマンハッタンカフェは、春先は輸送するたびに20キロも減ってしまうので、満足に稽古はできず、実力を出せなかった。春のクラシックを断念して放牧に出して秋に備えたのは、長距離が得意だからということではないのです。種牡馬としてもNHKマイルカップを勝ったジョーカプチーノなんかを出していますしね。
3歳馬限定の秋のGIをなくしてしまうと、そういう芽もつぶしてしまうことになる。生産牧場にしてもそれぞれ得意分野があるわけで、それが全部短い方向にシフトしてしまうのもどうなのかな、とも思います。いずれにしろ方向性はJRAが決めることです。
ジョッキー時代、どちらかといえば僕は長距離レースの方が好きでした。考えて乗ることができますからね。スプリント戦などはごまかしがきかないけれど、距離があれば前半でミスしても挽回できる。