支持率急落に歯止めがかからない岸田文雄・首相は、政治生命にかかわる大きな賭けに出た。それまでの慎重姿勢を一転させ、宗教法人を所管する永岡桂子・文科相に旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に対する解散請求を前提にした「質問権」発動を命じたのだ。
しかし、教団解散は法的なハードルが高い。旧統一教会は教団関連団体やダミー企業などを通じて霊感商法などを行なってきたが、文化庁の質問権は教団本体に対するもので、関連団体には及ばない。そのため、調査で反社会的活動の実態の全容を解明するのは困難とみられている。
そのうえ、解散請求の要件の一つに「法令違反」があげられているが、これは刑事事件に限るというのが従来の政府の解釈だ。同教団は民事訴訟で賠償金などを支払ってきたが、刑事訴訟の確定判決はない。
これについて、岸田首相は「行為の組織性や悪質性、継続性などが明らかとなり、宗教法人法の要件に該当すると認められる場合には、民法の不法行為も入りうる」(10月19日の参院予算委員会)と政府解釈の変更に言及して強引に解散請求手続きを進めたい構えだが、担当の文化庁は及び腰だ。元文科官僚の寺脇研・京都芸術大学客員教授はこう言う。
「私自身は、旧統一教会は解散すべきという考えですが、ただ、質問権の行使については前例がないだけにスムーズに進むとは限りません。
国の質問権は宗教法人だけが対象で関連団体には及ばないことは首相も認めており、文科省が教団への調査だけで反社会性を立証するのはかなり難しい。裁判での解散命令までもっていけるかは疑問だし、首相もやるというポーズだけで、本音では解散申し立てに腰が引けている」
もっと高い壁も控えている。憲法では「信教の自由」(20条)が保障されており、宗教法人法も国民の信教の自由を侵害しないように宗教法人への政治介入が厳しく制限されている。宗教法人の認証取り消し(解散命令)の権限が担当官庁ではなく、裁判所に与えられているのはそのためだ。
今回の国の質問権発動は旧統一教会の高額献金や霊感商法など反社会的行為に国民の批判が強いことが政府の背中を押しているとはいえ、他の宗教団体にすれば、政治の判断で宗教法人を簡単に潰せるようになることに警戒感が強い。『宗教問題』編集長で保守系団体の動向にも詳しい小川寛大氏が語る。
「他の宗教団体は旧統一教会の反社会的活動を知っているので政府の対応を表立って批判はしないが、これが宗教規制の強化につながることを心配している。とくに戦前、国家権力から弾圧を受けた創価学会などの宗教団体は政府の動きに神経を尖らせているはずです。創価学会は国家権力から組織を守るために政界に進出してきた歴史があり、公明党が自民と連立を組んで政権入りしているのも組織防衛のためという面が強い。
自民党議員の多くは選挙で創価学会票に支えられているから、公明党・創価学会が自民党に宗教法人法の解散請求権の“濫用”をしないように圧力をかければ、学会票に依存する多くの議員からは慎重論が高まる可能性があります」