「これまでの実績が終わりますよ」
徐々に免許返納へと気持ちが動き始めたきっかけの一つが、5歳年下の友人が交通事故に遭ったことだった。
「横断歩道を渡っている時に自転車にはねられて大腿骨を折ったというんです。その彼は、寝たきりにならないよう事故直後からつらいリハビリをしているんだと自身の体を使って丁寧に説明してくれた。その様子を見て、交通事故が起きるとこんなに大変なことになるのかと自覚しました」(同前)
他人の失敗を目の当たりにしたものの、「自分は人よりも論理的思考力があるはずだ」と免許返納までは踏ん切りがつかなかったという。
なかなか決断できない日々を送るなか、2019年4月に高齢ドライバーによる事件が起きる。東京・池袋で当時87歳だった男性の運転する車が暴走し、母娘2人が命を落とした。男性が旧通産省工業技術院の元院長だったこともあり、世間に与えたインパクトは大きかった。
この事故に畑村氏は大きなショックを受けた。
「この事故を聞いたとたん、まず心に浮かんだのは孫の顔でした。事故のあった場所を数日前に孫が偶然通っていて、もしかすると巻き込まれていたかもしれないと瞬間的に思った。私自身、自分が加害者になる可能性が頭をよぎり、免許返納を真剣に考えました」(同前)
最後に背中を押したのは妻と娘からのこの一言だった。
〈もしあなたが事故を起こしたら、新聞の見出しは『失敗学の大親分、自動車事故で大失敗』。これまで築いた失敗学の実績が終わります〉