70歳以上の免許保有者は1195万人に達し、年々増加の一途を辿っている(2020年「交通安全白書」)。一方で、高齢ドライバーによる大きな事故はあとを絶たない。親に「免許返納してほしい」と願う人も多いはずだが、親と子の関係だけに一筋縄ではいかない。親を免許返納に導くためのメソッドについて考えよう。
「俺はそんなにボケてない」
「もうどこに何のスイッチがあるかすら覚えていません。車から離れた途端、一気に関心がなくなりました。運転に未練はまったくないよ」
そう語るのは、東大名誉教授の畑村洋太郎氏(81)。失敗をポジティブに捉えて次に活かしていく「失敗学」の提唱者として知られる畑村氏は、2021年12月3日に運転免許を返納した。
いまは「悔いがない」と穏やかに語る畑村氏だが、免許返納に至るまでには数々の苦労や失敗を経たという。
東大大学院機械工学科を修了し、日立製作所を経て東大工学部教授となった畑村氏は2001年に東大を定年退官。畑村創造工学研究所やNPO法人失敗学会などを設立した後も「元気な60代」としてハンドルを握り続けていた。
充実した運転ライフを送っていた畑村氏だったが、ある事件をきっかけに妻から免許返納を迫られるようになったという。
「70代になる手前という頃に、外出先で低血糖の症状によって足がふらつき、前に倒れて歯を折ってしまったんです。救急車で搬送されるくらいの大ごとでした。その事件があってから妻や娘は運転中に症状が出ることを案じて、『そろそろ運転をやめたほうがいい』『失敗学は現状認識が一番大事なんじゃないの』などと私に提案してくるようになりました」(畑村氏)
当の畑村氏も“自分ではコントロールできないこともあるんだな”と思い知らされたというが、その頃はまだ免許を返納する気にはなれなかった。
「家族にいろいろと言われても『まだ体も動くから余計な指図をするな』『俺はそんなにボケてない』と反発し、自分はまだ運転を続けられると思っていました。70歳になってからも、免許更新の際に受ける高齢者講習に無事合格し、お墨付きを得た気分にもなっていた。もっとも検査が不合格でも、『それはおかしい』と大いに反発していたと思います」(同前)
家族の心配をよそに75歳を過ぎても車を運転し続けていた。畑村氏は、なぜ免許返納へと翻意したのか──。