国後島の商店の様子。ソ連時代からは大きく成長し、外国製の食料品や日用品も充実していた(撮影/山本皓一/2004年)

国後島の商店の様子。ソ連時代からは大きく成長し、外国製の食料品や日用品も充実していた(撮影/山本皓一/2004年)

 もっとも、これはウクライナ戦争が勃発する前の話である。

 突然の亡命希望者の扱いに苦慮したのは日本政府だった。何しろノカルド氏の行動は、《「日本固有の領土」である国後島から北海道への純然たる国内移動》と見なされるからだ。

 ノカルド氏の難民申請は不認定となったものの、不服を申し立てる審査請求をした結果、強制送還は猶予され、保釈が認められたノカルド氏はそのまま日本国内の支援者のもとに身を寄せることとなった。

「プーチン政権を批判し、『北方領土を日本に返還したほうがいい』とまで話していた彼は、日本でヒーローになる可能性があると見られていました」

 そう語るのは、日本でノカルド氏に接触したマスコミ関係者だ。

「ところが彼の素性を辿ってみると、確固たる思想を持った政治的亡命者というわけではなく、“どうも単に日本文化や日本人女性が好きなだけではないか”ということが分かってきた。そのため、プーチン大統領の独裁的な政治体制や、北方領土問題に絡めた報道は難しいということになったのです」

 ノカルド氏はロシア西部(モスクワから東方に約1160キロ)にあるイジェフスクという中都市の出身。人口の少ない極東に移住すれば、無償で1ヘクタールの土地が与えられる「連邦プロジェクト」に応募し、2017年に国後島へ移住したとされる。

 もともと日本のアニメや合気道など日本文化に強い興味を持っていた彼は、「国後島住民」としてビザなし交流での日本渡航を希望したが、純粋な島民とはみなされずに許可が降りなかった。

 そうこうするうち、世界的な新型コロナの感染拡大により交流は中断する(その後、2022年9月にロシア側が一方的に破棄)。憧れの日本行きのチャンスを失ったノカルド氏は、無謀にも“決死の亡命”を試みた──という経緯だったようだ。

「泳いで日本を目指した動機について、ノカルド氏は“FSB(連邦保安局)と思われる勢力にパスポートを盗まれたから”と説明しましたが、確たる証拠はなく、にわかには信じがたい。そもそも彼は2011年に旅行者として来日したことがあり、その時はオーバーステイで強制退去処分を受けていた。“まともな形”で日本に再び入国するのは難しかったはずです」(同前)

 もっとも、今年2月にウクライナ戦争が勃発して日露関係が厳しくなったことで、ノカルド氏の身柄の扱いは複雑になってきたともいわれる。本気度がどの程度かはさておき、取り調べの際に「プーチン政権批判」を口にしたノカルド氏が身の危険を主張すれば、ロシアへの強制送還が猶予される可能性が高まるからだ。

 日本政府がこの「招かれざる珍客」にどのような判断を下すのか──。

(取材・文/欠端大林)

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