プロのフィギュアスケーターとなった羽生結弦による初単独アイスショーが開催された。会場だけでなくCSテレ朝チャンネル2で中継され、全国の映画館でライブビューイングもされたそのプログラムは、初めて演出も自身で行ったことが事前から話題になっていたが、実際にアイスショーが行われると、その独創性と芸術性に驚かされることとなった。俳人で著作家の日野百草氏が、地方都市のシネコンで行われたライブビューイングに参加し、「推し活」のお手本のような人たちと、『プロローグ』に込められた思いについて考えた。
* * *
「とても綺麗でしょう。私、綺麗なものが大好きなの。それに一生懸命でしょう」
地方のショッピングモールに併設された複合型映画館(以下、シネコン)。70歳代だというファンの女性はゆっくり、静かに、それでいてとても穏やかに羽生結弦のことを語ってくれた。
「観ているとね、幸せになるの」
一人で来たという女性、少し足が悪いとのことで、おしゃれな模様の杖を持参していた。11月ともなると肌寒い地域だが、今日は少し暖かい。駅からバスで来たとのことで、チケットは趣味サークルで若い友達に取ってもらったという。
「とくに震災からね、この人は本当に偉い人だなって。孫くらいの年の差だけど、尊敬しているんです」
その後、身の上話となったがそれは割愛する。筆者は別の取材も兼ねて、この東京から離れた地で羽生結弦アイスショー『プロローグ in YOKOHAMA』の2日目をライブビューイング(ライビュ)で観ることとなった。来て、とてもよかったと思う。彼女の他にもたくさんの羽生結弦を愛する人々がシネコンに集まっている。もちろん本会場である横浜の「ぴあアリーナMM」で観ることができたなら最高だろうし、実際にチケットを入手できた方々が幸いなのは当然だが、この遠い地にもまた、羽生結弦を愛する人たちの、それぞれのなしうる限りに彼を観るという精一杯の幸せがある。
入場する人たちもまた、とても静かで礼儀正しい人たちばかりだった。きっちり並び検温、大声でしゃべったり、はしゃいだりはしない。予約制ゆえに他の上映中の映画とは少し違う扱いで案内放送や誘導がなされたため、モール内にいる他の方々から「あ、羽生結弦これからなんだ」みたいな感じで少し目立つ形となった。「目立ちますね」そんな話を彼女に向けてみると、小声でこう答えてくれた。
「だからちゃんとしてないとね。結弦さんのご迷惑になるでしょう」
人生の大先輩に正しい「推し」の姿を教わった。なんだか始まる前から感動してしまった。長い人生、たくさんの良いことも悪いことも経験して、いま羽生結弦を観て「幸せになるの」だという彼女、とても素晴らしい声なき声に出会えたこと、筆者も幸せだ。