「国体の国旗掲揚、これははっきり憶えています。すごく緊張したもの。君が代の伴奏に合わせて揚げなきゃいけないでしょう。早すぎてもいけないし、遅れてもいけない。練習なしの一発勝負だったんじゃないかな。何とかうまくいって、安堵したのは記憶にあります。祖母も佳子さんも大喜びで、弟たちも家族全員が会場に観に来たんじゃなかったかしら。そう、この日の夜は赤飯を炊いたかもしれない」
この日、神奈川県警に勤務していた父の勝五郎は白バイに乗って、天皇と皇后の乗る車を先導している。「皇軍兵士」として、血みどろの中国戦線を戦った勝五郎にとっては栄誉に違いなく、祝宴はそのこともあったのかもしれない。
父と娘が「大役」を仰せつかった神奈川国体・秋季大会開会式において、皇族や各国大使と並んで、首相の鳩山一郎も列席している。傍らには、文相の松村謙三、建設相の竹山祐太郎とともに、自治庁長官の川島正次郎の姿もあった。この9年後、大野伴睦の急死によって、自民党副総裁と日本プロレス・コミッショナーという二つの役職を引き継いだ川島正次郎が「ここらで、奥さんも日本プロレスから身を引いてはどうか」と、国旗掲揚の紐を引いた中学2年生の少女に言い渡す運命が待っていようとは、この少女はもちろん、川島にとっても、まったく想像の出来ないことだったに違いない。
(文中敬称略。以下次回、毎週金曜日配信予定)