ライフ

市井の人々の台所を取材する大平一枝さん「何事もなく生きている人は1人もいない」

大平さんの著書

大平さん著『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』

【著者インタビュー】大平一枝さん/『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』/毎日新聞出版/1870円

【本の内容】
《過ぎた日々になんとか折り合いをつけ、心を立て直し、今日もごはんを作るために台所に立つ。その切なくて清々しい人間の強さを、本書で掘り下げたいと思った》(「はじめに」より)。大平さんが訪ねる台所の主は、年齢も家族構成もバラバラ。調理道具や棚、作る料理、冷蔵庫の中……そんな台所の話を手がかりにその人の人生を辿り、紡いでいく。離婚や死別、さらにはそれによって子どもを1人で育てる心細さなどの中でも、つらい現実を受け止めながら台所に立ち、たくましく生きていこうとする姿に胸が熱くなる傑作ノンフィクション。

著名人ではない、市井の人の話がこんなに奥深いのか、と

 1冊本を書いたら終わりのはずだった。

 大平一枝さんが朝日新聞社のウェブサイト「&w」で手がけている連載「東京の台所」が始まって10年。取材した台所は260軒あまり、大平さんのライフワークと言うべき、息の長い企画になった。

 書籍化も、この『それでも食べて生きてゆく』で3冊目。新刊のテーマは「喪失と再生」で、家族と死別した人や離婚して新しい暮らしを始めた人、自ら肉親との別れを選んだ人などに、いまの思いを聞いている。

「もともとは書籍をつくるところから始まった企画で、都築響一さんの『TOKYO STYLE』が大好きだという編集者から、自分もああいう本がつくりたい、あの台所版をやりませんかというお話をいただいたんです。その後で朝日からウェブ連載の話が来て、『東京の台所』はスタートしました」

 著名人ではない、市井の人の自宅を訪ねて台所の写真を撮影して、食事にまつわる話を聞く。取材対象者は匿名で、顔も出さない。地味と言えば地味な企画なのに、10人いれば10通りの味わい深い人生の物語を大平さんはじっくり聞き出す。「&w」のサイトの「顔」のような人気連載になり、コミック版の『東京の台所』(作画・信吉、小学館クリエイティブ)も出た。

 連載が始まった当初は週1回の更新で、取材相手を見つけるのに苦労したそうだ。月曜更新なのに土曜日になっても取材先を決められず、当時、住んでいたコーポラティブハウスの友だちに頼みこんで取材させてもらったこともあったという。

「相手は取材される経験のない人がほとんどですから、なるべく敷居を低く感じてもらうように、大きな声で『こんにちは!』と元気に入っていきました。駅からの道にある八百屋さんやお豆腐屋さんについてとか、相手が答えやすそうな、その街のことをまず聞いて。得意料理やキッチンの不満をアンケート用紙に書いてもらっている間に機材をセットして台所を撮影し、それから話を聞くようにしていました」

 ずっと1人で取材と撮影をしていたが、長年、重い機材とパソコンを運び続け、取材した翌日は足の痛みで眠れなくなるように。変形性股関節症と診断され、いまは撮影を写真家の本城直季さんが担当している。

 録音用のICレコーダーを使わず、相手と向き合って、じっくり話を聞くのが大平さんのスタイルだ。明るい笑顔に励まされてか、これまで言えなかった思いを口にする人も少なくない。

関連キーワード

関連記事

トピックス

紅白初出場のNumber_i
Number_iが紅白出場「去年は見る側だったので」記者会見で見せた笑顔 “経験者”として現場を盛り上げる
女性セブン
ストリップ界において老舗
【天満ストリップ摘発】「踊り子のことを大事にしてくれた」劇場で踊っていたストリッパーが語る評判 常連客は「大阪万博前のイジメじゃないか」
NEWSポストセブン
大村崑氏
九州場所を連日観戦の93歳・大村崑さん「溜席のSNS注目度」「女性客の多さ」に驚きを告白 盛り上がる館内の“若貴ブーム”の頃との違いを分析
NEWSポストセブン
弔問を終え、三笠宮邸をあとにされる美智子さま(2024年11月)
《上皇さまと約束の地へ》美智子さま、寝たきり危機から奇跡の再起 胸中にあるのは38年前に成し遂げられなかった「韓国訪問」へのお気持ちか
女性セブン
佐々木朗希のメジャー挑戦を球界OBはどう見るか(時事通信フォト)
《これでいいのか?》佐々木朗希のメジャー挑戦「モヤモヤが残る」「いないほうがチームにプラス」「腰掛けの見本」…球界OBたちの手厳しい本音
週刊ポスト
野外で下着や胸を露出させる動画を投稿している女性(Xより)
《おっpいを出しちゃう女子大生現る》女性インフルエンサーの相次ぐ下着などの露出投稿、意外と難しい“公然わいせつ”の落とし穴
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告。父・修被告が洗面所で目の当たりにしたものとは
《東リベを何度も見て大泣き》田村瑠奈被告が「一番好きだったアニメキャラ」を父・田村修被告がいきなり説明、その意図は【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
結婚を発表した高畑充希 と岡田将生
岡田将生&高畑充希の“猛烈スピード婚”の裏側 松坂桃李&戸田恵梨香を見て結婚願望が強くなった岡田「相手は仕事を理解してくれる同業者がいい」
女性セブン
電撃退団が大きな話題を呼んだ畠山氏。再びSNSで大きな話題に(時事通信社)
《大量の本人グッズをメルカリ出品疑惑》ヤクルト電撃退団の畠山和洋氏に「真相」を直撃「出てますよね、僕じゃないです」なかには中村悠平や内川聖一のサイン入りバットも…
NEWSポストセブン
注目集まる愛子さま着用のブローチ(時事通信フォト)
《愛子さま着用のブローチが完売》ミキモトのジュエリーに宿る「上皇后さまから受け継いだ伝統」
週刊ポスト
連日大盛況の九州場所。土俵周りで花を添える観客にも注目が(写真・JMPA)
九州場所「溜席の着物美人」とともに15日間皆勤の「ワンピース女性」 本人が明かす力士の浴衣地で洋服をつくる理由「同じものは一場所で二度着ることはない」
NEWSポストセブン
イギリス人女性はめげずにキャンペーンを続けている(SNSより)
《100人以上の大学生と寝た》「タダで行為できます」過激投稿のイギリス人女性(25)、今度はフィジーに入国するも強制送還へ 同国・副首相が声明を出す事態に発展
NEWSポストセブン