「結局、ライブまでにはお金は用意できませんでしたが、もう少しだけ”がんばって”、まとまった金を手に入れてからやめようという気になっていました。完全に常軌を逸していますが、当時はこれを仕事だと感じてしまっていました」(緒方さん)
冷静な状態であれば、犯罪を仕事と捉えることの愚かさを自覚できたかも知れない。だが、報連相(報告・連絡・相談)が大事だとか、うまくいったときは褒めるとか、指示役は、仕事を成し遂げるかのようなミッション遂行の雰囲気を盛り上げて受け子を飲み込み、認知を歪ませてゆく。その様子は、一見すると一般の会社の上司と部下のやりとりかのようでもある。そういった歪んだ仕事の雰囲気に取り込まれてしまった緒方さんは、さらに踏み込んだ「業務」を与えられ、応えてしまう。結果として3度目の犯行となったそれは、中国から日本国内に向け詐欺電話をかけるというものだった。
「簡単に金が手に入ると思い、もっと稼ぎたいのなら中国での仕事もあると勧誘され、乗っかってしまいました。しかしいざ行ってみると、中国の空港に到着後すぐスマホは没収。監視員付きのホテルに軟禁され、電話をかけるオフィス部屋からとにかく毎日電話をかけまくる。報酬も事前の説明とは違い少なく、文句を言うと“中国国内で逮捕されたら死刑だよ”と脅される。ここで初めて騙されたことに気がつきました。日本ではないから簡単に逃げ出せない、捕まったら死刑、かけ子までやれば言い逃れはできないが、もうやるしかないと」(緒方さん)
中国の拠点が現地当局によって摘発され、日本に強制送還された緒方さんは逮捕され、実刑判決を受けた。「出し子」と「かけ子」は窃盗罪、「受け子」は詐欺罪で裁かれることが多い。かつては初犯であれば執行猶予がつくことが多かったが、特殊詐欺に対しては最近、厳罰に処される傾向がある。
「どんな状態だったとしても、バレなければ犯罪でも大丈夫、相手に危害を加えず金を取るだけだから罪は軽い、という考えがあまりにも安易すぎました。結局最後は逃げ出せなくなる。そこで気がついても遅いんです」(緒方さん)
犯罪の認識を薄めるために口調を使い分ける
追い込まれた状態にあるとき、人間は物事を自分に都合よく思考してしまいがちだ。人の心には、平穏を保つために、多少、危険なことが起きても正常の範囲内であると考えてしまう「正常性バイアス」と呼ばれる特性がある。認知の歪みを起こしてしまうこの状態を、末端の実行犯役を勧誘するリクルーター役は、当然、熟知している。元暴力団員で、勧誘役の経験がある友田浩二さん(仮名・30代)が証言する。
「連絡してくるのは、金に困った奴、追い込まれてる奴が100%。まずは安心させ、仲間だと思わせる。絶対にバレない、上手くいくと説き伏せるんです。犯罪に荷担している認識を薄めるために、堅いビジネス口調だったり砕けた感じを使い分ける。1にも2にも金が欲しい奴らばかりだから、その目的の為に、仕事を紹介してあげるコンサルみたいな事をやって、自分が何をやっているか、考えさせない状態にする。その上で目標を達成する為なのだからと犯罪行為などきつい要求をのませる」(友田さん)