サルモネラ菌が増える「ケージ飼い」
日本の卵は生で食べられるほど良質である──。長年にわたって唱えられてきた“安全神話”は私たちのあずかり知らぬところで崩壊しているかもしれない。実際に飼育現場を知る専門家たちも、その問題点を口々に指摘している。
麻布大学獣医学部教授の大木茂さんが警鐘を鳴らすのは鶏の「ケージ飼い」だ。
「日本の養鶏業界では、鶏を『ケージ』と呼ばれる大きなかごに入れて飼育する方法が一般的ですが、海外ではアニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から、ケージを使わない『ケージフリー』の採卵養鶏が急速に広まっています。EUでは2027年までにケージ使用を段階的に廃止する法案が、今年中に提出される予定です。台湾や韓国でもケージフリーの動きが強まっています」(大木さん)
生卵を好んで食べる日本では、サルモネラ菌による食中毒を徹底的に防ぐべく品質管理が行われている。しかし、アニマルライツセンター代表理事の岡田千尋さんは、ケージ飼いこそサルモネラ菌を蔓延させやすくすると話す。
「ケージ飼育よりも自由に鶏舎の地面を動き回れる『平飼い』飼育の方が、サルモネラ菌の発生が少ないという統計があります。屋外で放し飼いされる『放牧』の場合は、さらに汚染率が低い。つまり、外に出て広い場所で過ごしている鶏の方が、サルモネラ菌の発生率が低いのです。
そもそも暗くて狭いケージの中に閉じ込められていたら、免疫が下がって病気になるのは当たり前。平飼いや放牧であれば、太陽の光を浴びて羽を殺菌したり、自ら体に砂をかけて寄生虫を落とす『砂浴び』ができますが、ケージ飼いではそれも難しい。
しかし、日本では9割以上の養鶏場で、鶏が1羽あたりB5サイズにも満たないスペースに閉じ込められています」(岡田さん)
大木さんも声を揃える。
「加えて日本の鶏舎は窓を作らず自然光を遮って人工的に明るさを作り換気する『ウインドレス鶏舎』が多い。同じケージ飼育でも、鶏舎に窓があって太陽光や風が入る『開放鶏舎』ならばサルモネラ菌の保有率は1割。しかしウインドレス鶏舎では保有率が5倍というデータがあります。
いくつかの生活協同組合が何十年も前から開放鶏舎の卵を推進する活動を行っていますが、衛生管理が行いにくくなり鳥インフルエンザのリスクが高まる、大規模な羽数を飼養できなくなるなどの理由から、スーパーの店頭で開放鶏舎の卵を見かけることはほぼありません」
その背景には、より安い卵を求める日本の消費者の強い傾向がある。
「狭いケージでの飼育をやめて平飼いにすれば、面積あたりの飼育数が少なくなり、コストがかさむ。その結果、卵の価格が10倍になることもありえます。もし海外のように平飼いを義務化する法律ができたとしても、卵が売れずに廃業する養鶏場が増えることが推測されます」(垣田さん)