日本人の死因第4位を占める肺炎。そのうち、70歳以上の肺炎死の7割以上が「誤嚥性肺炎」だと指摘されている。これまで1万人以上の嚥下治療患者の診療を行なってきた、西山耳鼻咽喉科医院院長の西山耕一郎医師が言う。
「唾液や食べたものが食道ではなく気管に入ってしまうことを『誤嚥』と言います。通常は誤嚥を起こすと反射的に咳が出て押し出そうとむせたりしますが、それができず異物が肺に入って炎症を起こすのが『誤嚥性肺炎』です。初期の炎症は非常に軽く症状が出ないまま進行するケースがあるので要注意。最悪の場合、命を落とす危険性もあり見過ごせない疾患のひとつです」
睡眠中に唾液や鼻汁、胃液などが気管に入り込むことでも起こる誤嚥性肺炎。なぜ、高齢者に多いのか。
「のどの入り口には『喉頭蓋(こうとうがい)』と呼ばれるフタのような器官があります。食べ物や水分がのどに入ると、これが防波堤となり一瞬のうちに喉頭を覆って気管に入らないようにしますが、その反応の遅れ、タイミングのズレ、閉鎖不全が50代頃から起こり始める。
つまり、のどの“交通整理”が上手くいかない状態で、これは『喉頭挙上筋群(こうとうがいじょうきんぐん)』(のど仏を動かす筋肉)が加齢とともに衰えるからです。のど仏の上下運動機能が低下すると、嚥下力(飲み込む力)も弱まり、さらに誤嚥のリスクが高くなります」(西山医師、以下「 」内同)
嚥下力低下のサインは、次のようなものがある。
「たとえば【1】食事中にむせたり咳が出る、【2】食事時間が長くなった、【3】以前より声が小さくなった、【4】錠剤が飲みにくい、【5】食後に痰が絡む、など。1つでも当てはまる場合は注意が必要です」
誤嚥性肺炎の予防には、「まず“飲み込む力”を鍛えることが重要」だと西山医師は指摘する。のど仏を上下させる喉頭挙上筋群を鍛える必要があるため、西山医師は「のど筋トレ」の実践を提唱している。
「喉頭挙上筋群を直接鍛えるには、おでこと手のひらの付け根(手根部)を押し合う『嚥下おでこ体操』(別掲図参照)や『あご持ち上げ体操』が有効です。後者は、顔を下に向け思い切りあごを引き、下あごに両手の親指を当てて力いっぱい押し返す、という体操。いずれも、押し合っている状態を5秒間キープします」
毎食前や空いた時間を利用し、10回1セットを目安に行なう。1日に3セット以上行なうのが効果的だという。
「脳卒中がきっかけで体が弱り、嚥下機能が低下して食が細くなった70代の女性患者さんに、自宅で『のど筋トレ』などのトレーニングを続けてもらったところ、徐々に食べられるようになって元気が回復しました。入院先では『余命わずか』と思われたのが、そこから10年、80代まで長生きできているのです」