舞台になっている滋賀という土地の描き方も、マニアックなのに普遍性があって面白い。小説に出てくる西武大津店やスーパーの平和堂に行ったことがなくても、琵琶湖を周航するミシガンに乗ったことがなくても、もしこの場にいたら、たぶんこんな風に感じるんだろうなと思わせる説得力がある。
滋賀と言えば、お隣の京都に比べて特徴がない、という言い方をされることも多いが、そういうステレオタイプから距離を置いた描き方でもある。ちなみに宮島さんは、滋賀出身ではなく静岡生まれだ。
「いま私が滋賀県に住んでいるから滋賀の話になりましたけど、別の土地に住んでいたらそこを書いていたと思います。滋賀って、京都と比べてマイナーだとか、自虐の文脈で語られることも多くて、そういうのも、むやみに持ち上げるのも、どちらもやめようと思いました」
全国的にもベストセラーになっているが、地元・滋賀の書店では特に爆発的に売れている。先日は、成瀬と島崎が作中で結成したコンビ「ゼゼカラ」のユニホームを着用して、滋賀県知事を表敬訪問したことがニュースになった。宮島さんの名前が入った特注ユニホームは、取材のときなどに積極的に着ているという。
西武大津店が実際に閉店したのは2020年8月末で、すぐに小説を書き上げ、同年10月末のR−18文学賞に応募した。西武の閉店は実際に起きたことだが、登場人物に特定のモデルはいない。
閉店まで毎日西武に通ってテレビの生中継に映るとか、髪を全部剃って生え方を実験するとか、成瀬のやることは破天荒で、他人の目をまったく気にしていない。
「こち亀」は両さんを取り巻く人たちが右往左往するのが面白い
きわめてユニークなキャラクターだが、宮島さんがこの小説で書きたかったのは、実は成瀬を見ている島崎のほうだったらしい。
「私、『こち亀』(漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』)が好きでいつも例に出すんですけど、『こち亀』には両津勘吉という人がいて、両さんを取り巻く人たちが巻き込まれて右往左往するのが面白いんですよね。『ありがとう西武大津店』も、成瀬の視点で書いてもよかったのを島崎に語らせたのも、2人の関係性を書きたかったから。『成瀬は天下を取りにいく』というのも、成瀬が言ってるんじゃなく島崎が思っていることです」