なぜ、人はこんなにも磨くことにハマるのか。
元陸上自衛隊衛生学校心理教官でメンタルレスキュー協会理事の下園壮太さんによれば、磨くという行為にはメンタルを安定させる効果があるという。
「不安は、嫌なことを考え続けさせる感情です。そこで、考えるのを止めようとするのですが、なかなかうまくいかない。そんなとき、何かに熱中すれば嫌なことを考えなくてすみ、疲弊した心や体が回復しやすいのです。この効果を狙ったのが『作業療法』ですが、磨く行為はとてもいい作業療法になると思います。磨くという行為で少し疲れはしますが、嫌なことを考え続けるよりもエネルギー消費は圧倒的に少ない。つまりメリットが大きいのです。気分転換のために何かを磨く人は、“心を安定させる術”を知っている人だともいえます」(下園さん・以下同)
「現実逃避では?」と思うかもしれないが、下園さんは、まったく違うと断言する。
「逃げているのではなく、エネルギーを回復しようとしているのです。例えて言うなら、電子機器を充電して再起動するようなイメージです。作業療法にはランニングのようなアグレッシブなものもありますが、エネルギーがなくなっているときには向きません。
ストレス解消という意味では、たばこやお酒などの嗜好品もありますが、デメリットも大きい」
その点、磨くという行為にはマイナス面はほとんどないとも。下園さんが続ける。
「磨くという作業は一見単純そうですが、実はそうではない。角度を変えたり、磨く道具を工夫してみたりと、けっこういろいろなことを考えている。ですから、嫌なことや不安が頭に入ってきにくいのです。しかも着実に作業が進み、磨いたものが美しく、輝いていく。自分がやったことが成果として見えるのが非常にいいのです」
実際に前出のAさんは明るい表情でこう話すのだ。
「ピカピカになった鍋を見てると気持ちがスッキリします。心地よい疲れっていうのかな? 疲労感とスッキリした気持ちが両立して、すごくよく眠れるんですよ」
イラスト/大窪史乃
※女性セブン2023年6月8日号