エース・前田の抱える不安要素とは
選抜後に行われた高校日本代表で交流を深めた前田と享栄のエース左腕・東松快征は、この招待試合で対戦することを楽しみにし、激励し合っていた。だが、前田は久しぶりに「1」を背負ってベンチ入りするも、登板はなし。
前田が何らかのケガなどの“不安”を抱えているのではないかという懸念は、もはや記者の噂話に収まらないだろう。さらに選抜で「10」を背負った3年生右腕の南恒誠も右肩のコンディション不良でベンチを外れている。3年生の投手が不安を抱える中で、招待試合では宮崎出身で、中学時代は軟式野球に励んでいた森陽樹、昨年のボーイズリーグでナンバーワンの呼び声も高かった中野大虎というふたりの大型1年生がマウンドに上がり、共に145キロを超える剛速球を投げ込んでいた。
入学間もない春の段階で1年生を起用しているのは、記憶にある限り2018年の春夏連覇世代の藤原恭大(現・千葉ロッテ)以来であり、光明ではあるだろう。が、投手陣がスクランブル(緊急事態)の状況にあることの裏返しという見方もできる。
また、チャンスとみるや一気に畳みかけて大量得点を奪う強力打線も今年は例年に比べてスケール感に欠く。6対8で敗れた智弁学園戦では、相手を上回る16安打を放つも、逃げ切りを許した。どうも打線がつながらず、タイムリー欠乏症に陥っているのは大阪大会決勝の金光大阪戦も同じだった。
選抜からスタメンに名を連ねる選手が様変わりする中で、中軸には2年生のラマル・ギービン・ラタナヤケが座り続けた。大阪大会では一発(本塁打)の期待に応えてきたが、三塁の守備ではスローイングの不安を抱え、享栄戦では2回までにふたつのタイムリー暴投を記録。秋の近畿大会決勝・報徳学園戦でも9回表に暴投であわや同点の場面を作ってしまったラマルは、それ以降、守備練習に力を入れ、「とにかく成功体験を繰り返すことで、守備の課題を克服してきた」と話していたが……。ラマルの“打”をとるのか、3年生野手の“守”をとるのか、西谷監督も悩ましいところだろう。
現在の大阪桐蔭は夏の大会を前にした強化期間中であり、招待試合も平日に行われたためナインの疲労もピークに違いない。結果よりも内容を問われる時期だが、それでも夏を前にここまで不安を露呈する大阪桐蔭も珍しい。
それだけに享栄戦後、西谷監督が囲み取材でどんな言葉を残すのか心待ちにしていた。
ところが、西谷監督は取材場所に姿を現さなかった。普段、取材には気さくに応じる西谷監督なだけに、この“沈黙”が意味することを考えてしまう。
■取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)