オードリー・若林正恭と南海キャンディーズ・山里亮太の半生を描いたドラマ『だが、情熱はある』がいよいよクライマックスを迎える。ドラマでは各回に「このドラマはフィクションです。が、ほとんど実話です」というテロップが入る。たしかに山里と若林の実話が作中に多数盛り込まれているものの、ドラマという体裁である以上物語としての結末は存在する。
『だが、情熱はある』プロデューサー河野英裕氏は、現役のお笑い芸人をドラマの題材として取り上げる難しさと向き合うなかで、今も最終回の在り方を考え続けていると話す。
聞き手は、『1989年のテレビっ子』『芸能界誕生』などの著書があるてれびのスキマ氏。テレビ番組の制作者にインタビューを行なうシリーズの第6回【前後編の後編。前編から読む】。
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現役のお笑い芸人をドラマ化する“むずかしさ”
プロデューサーの河野英裕は木皿泉と組んだ『すいか』、『野ブタ。をプロデュース』、『セクシーボイス アンド ロボ』、『Q10』、岡田恵和と組んだ『銭ゲバ』、『泣くな、はらちゃん』、『ど根性ガエル』、西田征史と組んだ『妖怪人間ベム』など数多くの名作ドラマを生み出してきたが、一貫して「生きづらさ」を抱える人物を描いている。
『だが、情熱はある』の主人公である南海キャンディーズ・山里亮太とオードリー・若林正恭には、そんなこれまで河野が手掛けたドラマの主人公たちと共通点を強く感じる。
「2人が執筆したエッセイはまさに生きづらい人そのものですよね。自分の思いと社会のズレ、世間のズレ、そのズレの中でもがく、2人の心の叫びが書かれている。そのもがき方が、人間臭くて、泥臭くて、そこに惹かれてドラマ化したいと思ったんです。
ある種、2人は今となっては成功者。だから、見ている人にとっても希望を持って見れる物語になるんじゃないかっていう思いがあって。ストーリーを作っていく上でも一貫してやってきたテーマではあるので、そこは崩したくないと思いました」