当然そうした強硬路線を正しいとするなら、この際一気に日中の懸案事項である満蒙問題も軍事的手段で解決してしまえ、ということになる。(4)にある「大石氏」とはおそらく大石正巳(1855~1935)のことだろう。高知藩士の子として生まれ、早くから自由民権運動に加わったが板垣退助を批判して独立。三菱の岩崎弥太郎の知遇を受け官界に転じ、朝鮮駐箚弁理公使として朝鮮弾圧の端緒になったと言われる防穀令問題の処理にあたった。その強硬姿勢が評価され大隈内閣の農商務大臣となり、その後衆議院議員として当選を重ね、一時は犬養毅と立憲国民党を創立したが意見が対立して一九一三年(大正2)一月、つまりこの「近事片々」の八か月前に脱党していた。

 となれば、政党人犬養毅はこの問題をどう解決しようと考えていたかもうおわかりだろう。じつは、翌日の九月六日付『東京朝日新聞』の紙面には犬養毅の談話が載っている。

 長文にわたるのでポイントを紹介すると、

〈「今回の事件は當然外交談判にて解決すべきものにして(中略)犯人を嚴罰に處すると共に被害者に對し賠償を要求し代表者を以て政府に謝罪せしむれば足るべし」〉

 ということだ。政府のやり方に対して犬養は同じ談話で、「伊藤、桂の内閣時代より歴代の内閣を通じて我國に對支外交なるものあることなし」と厳しく批判はしている。ここは読者の方々にはもうおわかりだろうが、伊藤―西園寺ラインと山県―桂ラインの深い対立があったため、対中国政策が一本化しなかったのである。そう批判しながらも犬養は、今回の問題はやはり外交問題として解決すべきであるとしたうえで、

〈「此機に乘じて火事塲泥棒を爲さんと欲する一部の論者に對しては絶對に反對するものなり」〉

 と念を押している。伊藤博文もそうだったが、日本の政治家の良識を示した言葉と言えよう。しかしその「火事塲泥棒」をやれと煽っているのが、(5)の日露戦争開戦に際し「ロシア帝国のバイカル湖東からの領域をすべて日本の領土とせよ」と叫んだ「バイカル博士」こと戸水寛人である。この戸水の主張を『逆説の日本史 第二十五巻 明治風雲編』で紹介したが、そのとき私は戸水の主張にも一理無いわけでは無いとしながらも、「それでも、この戸水という人物の行動について私は批判的である。

 それどころか彼は今後日本の運命に大いにかかわってくる人物なので、ぜひこの名は記憶されたい」と述べた。その理由がこれである。「獨逸の膠州灣占領に倣う可き」とは、すでに述べたことだが、まだ中華民国が清国だった頃の一八九七年(明治30)、イギリスやロシアに続いて清国内に拠点を持とうとしていたドイツは、たまたま山東省でドイツ人宣教師が殺害されたことを奇貨とし、ただちに艦隊を派遣して清国を脅迫し、翌一八九八年から九十九年期限で膠州湾全域を租借し、ドイツ東洋艦隊の根拠地とした。その「故事」を見習えということだろう。まさに「火事塲泥棒」である。

「お人好しの日本」を利用せよ

 ところで、冒頭の「近事片々」や「阿部外務省総務局長談話」が載せられている九月五日付『東京日日新聞』には、「大に膺懲せよ」つまり「袁政権を徹底的に懲らしめるべし」という見出しで、「陸軍某當局者」の「談話」も載せられている。これが当時の陸軍、そして陸軍の大応援団だった新聞の考え方を如実に示しているので煩をいとわず全文を引用する。原文を読みやすくするため句読点を施して段落分けした。また、傍点部は原文では活字が拡大されている。

〈今回の南京に於ける邦人虐殺事件は、決して輕々に看過すべからざる大問題なり。外務當局が果して如何の態度に出づべきかは、我々國民が充分の注意を怠るべからず。

元來特別なる國民性を有する支那に對しては、述特別なる外交を以てせざるべからず。支那人は弱味を見すれば際限もなくつけ上る國民にして、而も恩義を忘卻する事も亦他に類なきなり。支那人としては最も紳士的性格を有する孫黄(孫文と黄興。引用者註)諸氏の如きさへこの傾向ありて、犬養、頭山等の諸氏も此點に於ては大に手古摺り居れるやに聞けり。

要するに支那人は七分の威壓と三分の懷柔とを以てして始めて治まりのつく國民なれば、我が外務當局者の如く一分の威もなくして對支外交に成功する筈なし。

這般(「このあたり」の意。引用者註)の呼吸は露國最もよく呑み込み居りて、今日まで常に成功を收めつゝあるは絶好の教訓にあらずや、然るに我國は如何。滿洲に於ては常に彼の乘ずる所となり、最近にありては天津附近に於ける川崎大尉の凌辱事件述漢口に於ける西村少尉の凌辱事件あり。我が外務當局が煮え切らぬ態度を取りつつある間に再び今回の虐殺事件を發生す。外交の無能も此に至りて極まれりと云ふべきなり。而も西村少尉事件に際しては同地の芳澤總領事が支那側の報告を其儘外務省に傳達したるが如きは實に言語道斷なり。

今假りに獨逸人にあれ露國人にあれ、かかる凌辱虐殺に遇ひたりとせよ、此等の國は決して日本の如く優柔軟弱ならざるべし。嘗て一宣教師が暴徒に殺害されたるの理由を以て膠州灣を割取せる例あるにあらずや、況んや如上の事件は悉く北京政府の正式軍隊が之を敢てしたりといふに至って問題の眞に重大なるを思ふべし。〉

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