夫婦で暮らした家を引き払ってワンルームに引っ越し、会社での仕事以外の時間は、すべて裁判資料の作成に費やした。
〈机にかじりついて裁判資料を書き続けた疲れで、顔は青白くなり、頬がこけてすっかり生気が失われ、食事を後回しにする生活のせいで、体は痩せっぽちになっていた〉
そこでジムに入会して筋トレを始め、食事も味のしない鶏胸肉のミンチばかりにした。筋肉は裏切らない。すべては裁判に勝つためだ。
西脇氏は100ページにも及ぶ反論を提出し、控訴は棄却された。上告も棄却され、2023年3月22日に勝訴が確定した。
〈自然と声が出た。言葉ではない。これまで聞いたことがない、何かの獣の唸り声のような音だった〉
本書には、控訴審の間に出会った一人の女性とのエピソードも出ている。
〈自分の気持ちのために会社に迷惑をかけ、周りに迷惑をかけているのに、幸せなどあってはいけないという心の声が、いつも響いていた〉
その呪縛にとらわれ、女性との関係は先に進めなかったという。
「裁判を始めた時点で、現世での幸せは諦めていました。会社での出世とか、新しい伴侶を見つけるとか、そういう気持ちは今はまったくない。最期を迎える時、きっと自分は病院のベッドに独りきり。でもそこで人生を振り返って、自分に嘘をつかなかった、やりきったと誇れることを大事にしたいと思ったんです」
人の生き方はさまざまだ。本書の印税はすべて犯罪被害者の遺児支援を行なう公益財団に寄付するという。
※週刊ポスト2023年7月14日号