籠バッグも彼女のスタイルには欠かせないアイテムだった。これになんでも放り込んでいたそう。ある日、エールフランスの機内で、あれこれ詰め込んだ籠バックを棚に入れようとして、中身が落ちてその辺に散乱してしまった。隣の席は偶然、エルメス社のチェアマンだった。「自分のライフスタイルに合うバッグがない」という彼女の発言がきっかけで生まれたのが、かの「バーキン」。有名なエピソードである。
本来は日常で使い倒すために生まれたバッグだった。異常な人気によって、バッグを買うチャンスが競われるようになり、値段が上がり、冠婚葬祭にまで用いられ、マウンティングのアイテムになることもある。そういう人は使い倒したりなんかせず、ちょっと傷がついただけでも目を釣り上げるのだ。挙句、「バーキンは投資用に購入する」といってはばからないインフルエンサーまで登場した。バーキンと名のついたバッグだからといって、彼女と同じ使い方でなければいけないということもないけれど、せっかくのバーキンがもったいないなあと思う。つまらないし、まったくおしゃれじゃない。
フランス映画祭が東京で行われた際には代表団団長として来日した。彼女が出演した『テルマ、ルィーズ&シャンタン』は中年女性たちの物語。「60歳になっても人生は続くし、愛はそこから始まる。そういう映画です」と説明し、当時の石原都知事の「子供を産まなくなったら女性でない」という発言を取り上げ、「それは本当ではありません」ときっぱり言った。
この時のインタビューで、どうやってフランス語を学んだのかと聞かれ、さらっと「セルジュ・ゲンズブールの腕の中で覚えました」。この時、63歳。かっこよかった!!! インタビュー後のフォトセッションでは使い込まれたバーキンを手にしていた。きっとリクエストがあったのだろう。数えきれないほどエルメスのバーキンのことを質問されたり写真を頼まれたりしただろうが(特に日本では)、この時もごく普通に応じていた。嫌そうだったり、自慢げだったりもせずに。気位の高い俳優なら「私はバッグの広告等ではない」とかなんとかいいそうなものだけれど。
東日本大震災の翌月、いち早く駆けつけチャリティーライヴを行い、被災地を訪れた。寄付金のために自分のバーキンをオークションに出したという。また、バッグのことを書いてしまったが。
私がジェーン・バーキンから学んだ歳の取り方は、自虐はしない、若造りもしない、年齢に関係なく女性としての自覚と誇りは持つ、自分の好きなものを大切にする、自分の意見を持つ、他人のためにエネルギーを使うことを厭わない、である。あっているかはわからないけれど、いつの日か私もデニムと白シャツが一番似合うようになっていたい。
もう「ジェーン・バーキン」をアップデートすることはできないけれど、自分の中にいる彼女を常に最新にしていきたい。
生き方を含めた永遠のファッショニスタよ、安らかに。
◆甘糟りり子(あまかす・りりこ)
1964年、神奈川県横浜市出身。作家。ファッションやグルメ、車等に精通し、都会の輝きや女性の生き方を描く小説やエッセイが好評。著書に『エストロゲン』(小学館)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)など。最新刊『バブル、盆に返らず』(光文社)では、バブルに沸いた当時の空気感を自身の体験を元に豊富なエピソードとともに綴っている。