それぞれの銃の使い勝手が全くイメージできない上に、輪をかけて不自由なことがある。検討中の銃を、実際に撃ってみることができないのだ。簡単に人間を殺傷できる銃にはレンタルやお試しは実質的に存在せず、自分が所持した後でしか発砲は許されない。これには本当に参った。結局僕は、カモ用の散弾銃と鹿用のハーフライフルの2丁を、中古で買うことに決めた。
狩猟が許される場所や期間は、都道府県や自治体により細かく定められている。北海道でエゾシカを撃っていいのは、殆どの地域で10月1日から3月31日までの半年間だ。色々な手続きや審査を全てクリアし、僕は待ちに待った初めての猟期、2017年10月を迎えた。
「獲れた鹿と、獲った鹿は別物」
ところが、銃と狩猟免許を手に入れたからといって、すぐに鹿が獲れるわけではない。まず途方に暮れるのが、広大な山林のどこに行けばいいのか、皆目見当がつかないということだ。狩猟が許可されている区域については、資料を見れば分かる。しかし鹿がいるスポットが載っているわけではない。そうした時には先輩のハンターが頼みの綱だ。僕はたまたま、師匠と呼ぶことができる熟練のハンター、F氏に出会い、手ほどきを受けることができた。
これまで培ってきたノウハウを惜しげもなく後進に伝える。都合が合えば助手席に僕を乗せて猟場を巡り、たまに車を降りては何キロも一緒に山を歩いてくれる。そのたびにF氏は、鹿がよく出る場所や、彼らの習性を細かく教えてくれた。足跡一つから、どうやったらそこまで深く行動が読めるんだ、と舌を巻くことも多かった。
素人考えで繰り出す質問を馬鹿にせず、誠実に答える。F氏自身も正解に迷う場合は、豊富な経験から似たような事例を拾い出し、当時のことを具体的に説明してくれる。まさに、手取り足取りだ。恥ずかしながら、僕が生まれて初めて自分で獲った鹿は、F氏が見つけ「あそこからこうやって狙いな」と教えてもらいながら撃ったものだ。それでもその喜びは大きく、肉の味は格別だった。F氏は自分で仕留めるよりよっぽど嬉しいと、一緒になって喜んでくれた。
そんなF氏が、いつも繰り返す言葉があった。
「獲れた鹿と、獲った鹿は別物」──。
闇雲に車で林道を走っても、鹿に出会えないわけではない。銃を持って何度も山に行きさえすれば、運だけで鹿を撃てることもあるだろう。F氏の言うところの「獲れた鹿」だ。それに対し、できる限り鹿の行動を読み、力を尽くした上で仕留めたものが「獲った鹿」。一頭の鹿を獲ったという事実は同じであっても、自分にとっての重みは全く違う。F氏は、結果よりも過程を重視せよ、と言っているのだ。