アビーの両親はアルメニアからの移民で、娘にはアルメニア人と結婚して自分たちの文化を守ってほしいと願う。アビーの本名はアカビで、真人がマットと呼ばれるように友人たちからアビーと呼ばれている。
真人とアビーは似た境遇と言えるが、多民族国家のオーストラリアで暮らす岩城さんによると、日本人の真人はマイノリティの中の多数派に属し、アルメニア人のアビーは少数派になるそう。
「中国や日本は移民の中でも大きなグループで、アルメニアのように、『どこにあるんですか?』と言われたりすることはまずないです。アジア系の真人は外見で移民とわかりますが、白人のアビーは、内面はオーストラリア的ではないのにそれが見えづらい。逆に真人には、アジア人のステレオタイプに押し込められてしまう苦しみがある。境遇は似ているけどそこが大きな違いで、2人がぶつかる原因にもなります」
小説には、アビーが未来の夫に向けて13歳のときから書き続けてきた手紙がところどころに挿入される。
「特定の誰かではなく架空の存在に宛てたものなので、自分に宛てた手紙、いわばフォーマルな日記のようなものですね。その中でアビーは偽らない自分の気持ちを明かすことができるんです」
演劇を志したことのある真人と、マリオネットをつくっているアビーにとって、人形劇はたがいをつなぐ場所にある。2人は相手をより深く知ろうとするが、似たところがあるからこそ違いも気になって、時に激しくぶつかり合う。
アビーが真人に「I HATE YOU!(大嫌い)」と叫ぶ場面がある。『Masato』『Matt』の読者なら、これは前2作にも出てくるせりふだと気づくだろう。
「1作目の『Masato』では、真人が母に向けて言いますね。2作目では真人が言われる立場で、3作目でアビーからそう言われたとき、自分がお母さんに昔そう言ったことを思い出します。好きと嫌いは表裏一体で、嫌いというのは一番関心があるということ。本当はあなたのことを思っていますという、一番好きな人に向かっての言葉なんです」