小さな豆電球が光っているみたいに明かりをともす
前作とのつながりは、真人の肘の火傷の痕にもある。日本人であることを理由に執拗にからむ同じ名前の同級生と喧嘩してできた火傷で、いまでも痛む気がするその傷痕が、アビーとのやりとりを通して「恥の徴」ではないと真人には思えるようになるのだ。
「『Matt』の中で、ジェイクのおじいさんが、腕に刻まれた収容者番号を、『ただの番号だ』と言うんですけど、真人の火傷の痕も、日本人どうこうの徴ではない、ただの傷痕にしてあげたいな、と思っていました。そうするまでに5年もかかってしまいましたけど(笑い)」
真人とアビーがそれぞれ選ぶ未来はいわゆるハッピーエンドとは違うのに希望を感じさせる。
「小説を書くとき、私はいつも、小さな豆電球が光っているみたいに、必ずどこかに明かりをともしておこうと考えます。かなり暗い話を書くときでも、そう思いますね」
真人の大学の文学の教授が、「怒りは、鎮めるものではない」「怒りは、回復させるものだ」というアドバイスを真人にする場面がある。
「自分自身に対する怒りは自分を痛めつける、ということも言いますね。私自身、自己肯定感が低いタイプですけど、この状態が続くと大人になっても非常に苦しいです」
お金のためのアルバイトと割り切って、ショートフィルムやポスターで、わざとらしい英語で、典型的な日本人役を求められて演じてきた真人が、あるとき、もうやらないとはっきり宣言する。
「怒りというものは、暴力をふるわない限り必要です。そうでないと世の中がよくなっていきませんから。日本の若い人も、もっと怒っていいと私は思います」
真人にはつかさという姉がいて、岩城さん自身にも、娘と息子がいる。オーストラリアで生まれ育ち、真人と似た体験をしたこともあるであろう2人の三部作への感想は?
「息子は『Masato』を愛読書にしてくれていて、突然、『エイダンはどうしてるかな』って言ったりします。『Matt』は、『読むのが怖い』と言ってなかなか読めず、去年ようやく読んで『よく書いたな』と言ってました。娘のほうはわりに淡々と読んでますね」
【プロフィール】
岩城けい(いわき・けい)/1971年大阪府生まれ。大学卒業後、単身渡豪。以来、在豪30年になる。2013年に『さようなら、オレンジ』で太宰治賞を受賞しデビュー。2014年に同作で大江健三郎賞、2017年に『Masato』で坪田譲治文学賞を受賞。今回、久しぶりに夏の日本へ。「いつも年末年始に日本に帰ってきていたので、夏に帰ってくるのは20年ぶりなんです。冬のオーストラリアから夏の東京に帰ってきて、以前とは全然違う、猛烈な暑さで驚きました」。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2023年8月10日号