8月24日、東京電力が原発処理水の海洋放出を開始すると、中国政府は日本産水産物を禁輸にし、福島の飲食店などには中国から嫌がらせの電話が殺到。さらにネット上では処理水に関する不確かな情報が飛び交い始めている。そこで、これまで議論されてきたことではあるが、改めて、トリチウムを含むALPS処理水(*)の海洋放出について、生物物理学や統計物理学などが専門の菊池誠・大阪大学サイバーメディアセンター教授にQ&A形式で訊いた。
【*注/福島第一原発の事故処理で生じる放射性物質が含まれる汚染水について、多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System=ALPS)などを使用し、トリチウムを除く63種類の放射性物質を安全基準を満たすまで浄化した水のこと】
処理水中のトリチウムはもともと自然界にもある
【Q1】そもそも処理水に含まれる「トリチウム」って何?
【A1】水素の放射性同位体「三重水素」で、自然界にも存在する。
トリチウム(三重水素)は水素の放射性同位体で、酸素と結合して水の分子として存在する。普通の水素は陽子1個と電子1個から成るのに対し、トリチウムは陽子1個と中性子2個、電子1個から成る。トリチウムの中性子は時間経過により崩壊し、このとき放射線(β線)を出して、放射能(放射線を出す能力)を失う。トリチウムの半減期は約12.3年で、これは約12.3年たつと半量が崩壊して放射線を出さなくなるということ。化学的な性質は、基本的に水素と同じである。
「処理水に含まれるトリチウムが問題になっていますが、トリチウムは自然界にも存在します。宇宙から降り注ぐ宇宙線(放射線)が大気中の酸素や窒素と衝突するときに生成され、地球上では年間7京ベクレルのトリチウムが生まれています。それが雨となって降るので、水道水にも1リットル当たり1ベクレル弱が含まれている。ですから、人の体のなかにもトリチウムは存在しています」(菊池教授、以下同)
人間の体の水分量は60%くらいとされる。仮に体重が70キログラムの人なら水分は42キログラム(リットル)となり、体内に存在するトリチウムは40ベクレルほどになるはずだ。
そもそも成人の体の中には、放射性カリウムや放射性炭素などがおおよそ7000ベクレルあるとされ、それらに比べればトリチウムははるかに少ない。また、空気中にはラドンやトロン(ラドンの放射性同位体)などの放射性物質が存在し、環境や食物などから人が受ける自然由来の被ばく線量は年に約2.1ミリシーベルト(日本の平均)とされる。トリチウムから出る放射線(β線)は非常に弱く、水中では10マイクロメートルほどで止まってしまうため、体への影響は極めて小さい。