そもそも2001年の中央省庁再編までは、都道府県の自治体単位で組織される警察の担当大臣は、自治大臣を兼務する慣例があり、将来が嘱望される若手衆院議員が就く重要な登竜門ポストという位置づけであった。戦前に絶大な権限を有した旧内務省が、その力を削ぐためにGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって解体され分割されたうちの主力が警察庁、自治省(現総務省)、厚生省(現厚生労働省)。その2つを束ねる地位だったのだ。
だが再編を経て、総務相職とは完全に切り離されて小粒化。以後は、式典中に秋篠宮さまに対して「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と野次を飛ばしたとされる問題発言疑惑があった中井洽氏のほか、元体操選手で五輪メダリストの小野清子氏、元アナウンサーの岡崎トミ子氏、ワイドショー番組の元レポーター・山谷えり子氏の3人が就任している。しかも彼女たちは、いまだに女性総理が誕生していない日本で、「首相にはなれない」という事実上の不文律がある参院議員だった。
さらには、当時官房長官だった神奈川県選出の菅義偉元首相による「情実人事」と陰口を叩かれつつ初入閣を果たした河野太郎氏、松本純氏、小此木八郎氏の同県選出の3人など、国家公安委員長ポストが軽視されるようになった事実を示す例は枚挙にいとまがない。
とりわけ松本氏に至っては、新型コロナウイルスの緊急事態宣言発令中、銀座のクラブをはしごしていたことが発覚し、謝罪。他2人の議員とともに「銀座3兄弟」などとマスメディアから揶揄された人物。松本氏はその後の衆院選で落選し、今は“浪人中”の身となっている。
だから首相秘書官、官房長官秘書官に次ぐ要職として国家公安委員長秘書官に有能な警察キャリアを送り出していた警察庁も、ポストの軽量化に伴い熱心な人選を行わなくなったと一部でささやかれている。渡辺国家公安委員長の秘書官を経て、伝統ある第88代の警視総監に上り詰めた池田克彦氏らのようなケースはもう出て来ないとみられている。
一方、後藤田官房長官の秘書官だった杉田和博元官房副長官、福田康夫首相の秘書官だった栗生俊一官房副長官、仙谷由人・菅両官房長官の秘書官を歴任し、退任後は全官僚の“最高峰”に位置する官房副長官など政府の枢要ポストが約束されながら安倍元首相殺害テロで警察庁長官を引責辞任した中村格氏ら、政治権力に従順な高級警察官僚が国家公安委員長秘書官経験の有無に関係なく、政権中枢から重視されるようになったのが実態だ。
菅元首相の盟友は大臣の椅子を捨て首長選へ
「今朝、閣議後に総理を訪ねまして、国務大臣としての辞職願を提出しました。それが受理され、本日退任の運びとなりました」──。2021年6月25日、小此木八郎国家公安委員長(当時)は記者会見に臨んでこう述べた。地元の横浜市長選に立候補するため閣僚を辞任したのだ。現職閣僚の転出は異例のことだった。
ましてや東京五輪の警備担当トップが開幕直前に交代。盟友で小此木氏を閣僚に抜擢した菅首相(当時)は急遽後任の人選に追われることとなった。小此木氏は衆院議員だった父・彦三郎氏の秘書を務めた菅氏とは近い関係にあったが、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致について地元の賛否が分かれ、選挙の争点になるとみられていた中、誘致反対の方針を掲げ、計画を主導してきた菅首相と立場を異にする形となった。