生い立ちの貧しさに負けず、艱難辛苦の果てに成功を掴む──。古今東西、あらゆるジャンルの作品で取り入れられてきた物語の定型だが、ドラマオタクのエッセイスト・小林久乃氏は、最近のテレビドラマが描く貧困の描写に違和感があるという。その理由を小林氏が綴る。
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遅ればせながら、Netflixで今年5月に配信がスタートした『サンクチュアリ─聖域─』を見た。この作品にスタッフとして参加していた知人によると、制作中は主役の俳優の知名度などに対して周囲から疑問の声が上がっていたうえに、制作陣も「本当に売れるのか」とやや不安があったという。それが配信と同時にNetflixの国内1位、世界でもトップ10入りするなど、「まさか?」というほど番狂せの世界的ヒットとなった。
ドラマの舞台になったのは相撲界。北九州出身でヤンチャな小瀬清(四股名・猿桜。一ノ瀬ワタル)が、スカウトを受け、金を稼ぐために力士となることを決意。紆余曲折ありながらも、角界で成り上がる様子を描く。稽古や取り組みなどリアリティあふれる多くのシーンは、老若男女問わず人気を博した。動画配信サービスがよく見られる年末年始の時期には、また話題に上がってくることだろう。
そんな『サンクチュアリ』のあるシーンに衝撃を受けた。小瀬清がいよいよ上京する日。新幹線のホームに見送りに来た父親の浩二(きたろう)から渡されたのは、封筒に入ったしわくちゃの5000円札1枚だった。
「たったの……、ご、5000円!?」
思い起こせば、『北の国から ’87初恋』(フジテレビ系列・1987年)で黒板五郎(田中邦衛)が用意したお金は、泥のついた1万円2枚(ピン札)だった。上京していく純(吉岡秀隆)を乗せてもらうトラックドライバーに、謝礼として渡した2万円。でもドライバーは「おまえが持っていろ」と純に返す──。ドラマ史に残る屈指の名シーンだ。
今から36年前に放送されたドラマで、北海道の富良野で自給自足に近い生活をする家庭でさえ、息子の旅立ちには2万円を捻出したのに、2023年はたったの5000円……。東京都内のちょっとした居酒屋で飲み食いをしたら、数時間で消えてしまう金額だ。2つの時代が持つリアリティのギャップに、なんだか胸が苦しくなった。
このシーンをきっかけに、最近の地上波で放送されるドラマは“貧困主人公”が多いことに気づいた。