「生」の会話は、無駄な言葉も挟まれるし省略もある。あっちこっちに話が飛んだりして、一貫性がなかったりもする。聴解教材のようにゆっくり話されるわけではないし、なんといってもスピードが速い。
「そう、もう速くて、最初の頃の会話は挨拶だけ。一緒に作業をするおじいさん、おばあさんの喋る言葉はどんどん過ぎてっちゃって、あれ、今聞いた単語はくっついてるのかな、離れてるのかな、みたいに『?』ばかり。全然分からない。一緒に日本に来たほかの3人のうち、2人はもうN3のレベル(中級)まで勉強してて、少しは喋れるだろうと思っていたんですけど、やっぱり挨拶しかできなくて。みんなでショックを受けましたね」
タオさんたちは一計を案じた。仲間内で、あるルールを作ったのだ。
「ベトナム人女子4人で一緒にいると、やっぱりベトナム語を使っちゃう。もし職場で周りの人と喋らなかったら、日本にいるのに全然日本語を話さないことになっちゃうから、住んでいる寮でベトナム語を話したら1回100円、っていうルールを作りました。日本に来て1週間後に、全員で納得して決めました」
すばらしい。でも、初めての日本で初めての仕事をして、なおかつ友達と話す時も日本語……というのは、相当ストレスが溜まりそうだ。
「ストレスですよ(笑)。たまに、聞いて欲しい面白い話があっても、日本語では表現できなくてどうしても話せない。でもベトナム語を話すと罰金されちゃうから、落ち込むこともありましたね」
そのルールはずっと続いたのだろうか。
「いやー、守れませんでした(笑)。もうこのままだと生活できないじゃんってなって、みんなベトナム語に戻ったんですけど、でもそのルールを作ったことで、もっと日本語頑張らないといけないなっていう気持ちになりました」
(第2回に続く)
【プロフィール】
ゴー・ティ・トゥー・タオ/1992年、ベトナム生まれ。2017年6月、美幌農業協同組合の技能実習一期生として来日。現在は北見工業大学大学院博士課程に在籍し、研究テーマは「農薬の無害化」。
◆取材・文 北村浩子(きたむら・ひろこ)/日本語教師、ライター。FMヨコハマにて20年以上ニュースを担当し、本紹介番組「books A to Z」では2千冊近くの作品を取り上げた。雑誌に書評や著者インタビューを多数寄稿。